あなたの死線はどこから?
「人の死はどこからだと思う?」
突然の言葉に、読んでいた本から顔を上げた。
彼女はベッドごと身体を起こし、窓の外を見つめている。提供してきた話題の割には凪いだ瞳だった。どうやら本当に何でもない雑談の種らしい。
「……うーん」
大して読み進めていない本を閉じ、腕組みをして考える。
多分、そこそこ暇なこの時間はそれなりに掘り下げないといけない話題だ。どこかで聞いたような回答をぼんやりと口にする。
「月並みだけど、人に忘れられた時じゃないのか?」
「確かに週刊少年誌のあれは言わずと知れた名作だし、それも名言だけど…貴方個人としては五点よ」
まさかの採点式だった。
「それは何点満点中?」
「百点満点」
しかも手厳しい。頭を抱えた俺にくすくすとした笑い声が降ってくる。
「…お前は?」
手を下ろして、そっちも答えろよとそばにあった袖机に頬杖をつく。外の青空を見つめたまま、彼女は口を開いた。
「自己主張ができなくなった時」
あらかじめ用意していたのだろう。淀みなく真っ直ぐに答える姿はいつもと変わらなかった。
「自分の考えを人に委ねるなんて性に合わないわ。受け継いでほしい志、なんて高尚なものもないし」
「……お前らしいな」
常に答えがはっきりしている彼女には、他人による自分自身の解釈など必要ないということだろう。どちらかというと、見当違いな代弁をするぐらいなら黙っていろとも言いそうだ。
「皮肉?」
「勘ぐるなよ。ただの感想だ」
鋭くなった視線に両手を上げて、降参のポーズ。ただの雑談で責められちゃかなわない。
「まあでもお前の話を聞いて思うのは、他人に認識されなくなっても終わりだってことかな」
「あら。ちゃんとそれらしい答えが出てくるのね」
「これもどこかで言われてるだろ、多分」
「何も考えずに受け売りの言葉を言うよりずっといいわ」
「皮肉か」
「ただの感想よ」
「そうか」
対のようね。聞こえた言葉に返事をせず、一度閉じた本をまた開いた。
締め切られた窓とドア。部屋には風も吹かず消毒液の匂いもせず、ただ静かにページを捲る音だけが響いていた。
(いいわけ)876字。人間の命が絶えるのはどこからか、という話。命とは何かという話でもあるかも。
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