I love youを訳しなさい

「問題です」
デデン! 脳内に効果音が響いたのは私の気のせいではないはずだ。相変わらず突拍子もない切り出しが上手いやつめ。
ざわざわとした店内の中、神妙な面持ちで彼は口を開く。
「『I love you.を訳しなさい』」
「………文豪ごっこかな?」
正直に言おう。返す言葉に困った。
肘をついて両手を組む彼は、至って真剣な様子だ。だからこそ意図が掴みかねて困っている。
「俺より本読むし、これぐらい返せるだろ?」
「本を読まない人の偏見と勘違いが同居してるなー。普通に無理だよ」
「まじ?」
真剣な顔から一転、とぼけた顔で私のトレーに手を伸ばし、ポテトをつまみ始める秋谷。少しそちらに寄せてやれば、嬉しそうな顔でポテトを複数さらっていく。
「例えばさ、明日ミニゲームでいいから携帯ゲーム作ってきてよって言ったらどうする?」
「……なるほど。無理だな」
ドリンクをすする音が響く。氷をじゃらりと鳴らして、空だと諦めれば紙コップを机の上に置いた。赤いストローが視界から消える。
「お前からなら小粋な冗談が聞けると思ってたわ」
「無理だって言ってるのにハードルを上げてくるなこの男は」
「沙羅ちゃんのー、ちょっといいとこ見てみたいっ」
「ノリが古すぎて脳みその動きが止まりそう」
「えっじゃあ黙るわ」
黙る代わりにポテトを詰め込むことにしたのか、黙々と手が動く秋谷。それを横目に、私は思考を巡らせる。これはてきとーにでも答えないと帰してくれないパターンだ。色恋の話は苦手だっていうのに。
身近な愛の形。一番近いのは両親か。二人の愛情っぽいの。
日常の視界を記憶の中でスライドさせる。いつか二人が出掛けた秋のことが何故かひっかかった。
「……50年後も」
「………」
「『50年後も、一緒に旅行に行こうか』とか」
からかわれるのを覚悟で、頬杖をついて小さな声で呟く。これで満足かと秋谷を見れば。その表情に息を呑んだ。
「──いいな、それ」
目尻を柔らかくして、眩しい光を前にしたような微笑み。
トレーを重ねて1つ分のスペースを空けると、彼は机に重心をかけた。私を覗き込むようにしてとどめの一言を投げかけてくる。
「お前はどこに行きたい?」
その返しの意味が分かってるのか、バカ。

(いいわけ)935字。ラブコメが書きたかったはずだった。
蛇足ですが秋谷のI love youは『お前と同じ傘に入りたい』です。沙羅に聞かれたら答えるつもりだった人。

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譲原
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