境界線の向こう側、横たわる貴方

綺麗な線だと思った。
こちらにも分かるように、かつ失礼にならないように。明確に線を引いた。
それは道路の白線のように。いつか薄れ消えていくとしても、そこに線があったことを忘れさせないように。
私はそれを、絶対のルールと同義だと受け取った。破ったら、多分もう元には戻れない。

「先輩、おはようございます」
「ああ、おはよう」
とは言っても、もう放課後だけどね。苦笑いしながら窓を全開にする。
先輩のワイシャツがはためく。黒髪が勢いよくすくわれて、午後の光が教室いっぱいに満ちる。その全てが夏の終わりを感じさせた。
「さて、我が園芸部の夏休み中の報告交換会だ」
「部員二人しかいませんけどね!」
「下手に増えても困る。活動とか面倒だろう?」
「うーん相変わらず真面目優等生に見えて怠惰な眼鏡ですねー」
「先輩をけなすとはいい度胸じゃないか後輩よ」
ちゃんと課題はこなしてきたんだよね? その言葉に、堂々とアルバムをかざしてみせる。私のはただの観察日記だが、写真にダイレクト書き込みだ。
「先輩の課題はなんです?」
「収穫した野菜をいかに美味しく調理したかのレポート」
「ただの食レポにしか聞こえない!」
「否定はしない。見るか?」
「拝見します」
わざとらしく恭しいポーズでノートを受け取る。一ページ目はささみの梅しそ巻きだった。おつまみのレシピでも見させられてるのだろうか。美味しそうだし。
「料理できたんですね……知らなかった」
「言ってないからな」
「………」
沈黙をさらうように窓から風が吹く。先輩のノートを閉じる。
先輩と二年の付き合い。どうして許されないのかが分からなかった。
この秋にはもう先輩は引退するだろう。そうなれば接点なんてない。志望校も知らないから追いかけようがない。それでも。
「……私、好きにしますから」
「…ああ。俺に止める権利は無いよ」
関係ないから、と。言われてもない台詞が聞こえた気がして、唇を引き結んだ。それでも衝動は止まらないから、頬杖をついて、くしゃくしゃに歪んだ視界を外気に晒すしかなかった。
先輩はずっと、私が持ってきたアルバムを見つめていた。

(いいわけ)894字。冒頭だけ書きたかったので、他は蛇足になった気がしないでもない。

お菓子一つ分くれたら嬉しいです。