誰も報われやしないのだこの世界は

泣かないで。死なないで。笑って。顔を上げて。
親でも兄弟でもない、ただの他人は、いつも沢山のことを要求してきた。
その女は、いつも朗らかに微笑んでいた。村の皆から好かれていて、周りに人が絶えなかった。
ひどく鬱陶しい。それ以外の感情は無かった。親でも主人でも、ましてや私自身でもないくせに、人の人生に指示をしてくる、無責任な人間だった。

「最後まで無責任だったな。あんたは」
粗末な墓に、乱雑に摘んだ野の花をふりかける。とどめとばかりに出来の悪い花冠を墓標に引っ掛ければ、それだけで“らしく”なった。
数日前、女は誰かに切り捨てられて死んだ。斬殺。経緯は分からないが、子供を庇って自らを犠牲にしたらしい。沈鬱そうな顔で語ってみせた村人は、以前女の手を借りて医者に薬をもらいに行った人間だった。
『泣かないで。死なないで。笑って。顔を上げて』
そう生き方を求めた彼女が、本当に望んでいたものはなんだったのだろう。
彼女亡き今分かるのは、彼女の善行は彼女自身も世界も救わず、誰かが都合良く『あの子は良い子だった』と美化する道具になったということだけだ。
「……ざまあみろ」
墓の前で呟く。憎むほどの熱意も、悲しむだけの思い入れも無かった。
ただ少し安堵していた。私はこの女のことが怖かったのだ。自らの言葉を疑わない善性と、無意識に生き方を定めてくる愚直さがおそろしかった。
私が彼女の言う通りに生きたとして、女はそれを当たり前だと思っているし、それにより不幸になったとしてもおそらく彼女は、本当に何も感じない。次は頑張ろうねと、いつかのように微笑むだけだ。
苦しければ泣きたいし、あまりにも辛ければいっそ死んでしまいたい。人に愛嬌を振りまく余裕もないし、転ばぬように地面を見るので精一杯だ。そんな現実と感情を、『そうね』と一言で済ませるその感性が相容れなかった。
「迷わずに、天国へいってくれ」
私は地獄にいくから。村人にしては立派な墓標に、もう二度と見るまいと背を向けた。
彼女のいない世界を謳歌するために、もう少し生きたいと思った。図らずもそれが彼女の求めに従うことになったとしても。

(いいわけ)893字。報われない人間に絡まれ続けた人の話でした。いつか彼女目線の話も書きたい。

お菓子一つ分くれたら嬉しいです。