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Photo by
harukara1968
95. フラッシュバック
奥さんの妊婦健診の日。ボクは運よく休みが取れたので健診に付き添い、その帰りにココが産まれた産科病棟にあいさつに行くことにしました。
健診の結果は順調、異状なし。晴れ晴れとした気持ちのなか、ボクたちは病棟へつながるエレベータに乗りました。エレベータのドアが開くと、横手に待合室が見えました。あの時、緊急帝王切開になった奥さんとココを、ボクが一人で待っていた待合室。
驚くほど、鮮やかなフラッシュバックでした。
突然の急変に対する驚き。
無事に手術から帰って来てくれるかの不安。
周りの幸せそうな家族への羨望。
また苦しい思いをさせてしまった奥さんへの申し訳なさ。
どうしてうまくいかないんだろうという悲しさ、やるせなさ。
歯を食いしばって、震えながらうつむいていたあの時の景色(なぜかそこには第三者がボクを見ている景色も含まれていた)と感情がよみがえって、ボクはその場から動けなくなりました。身体中の力が重力に負けてドンと下に落ちてしまったみたいになって、立ってはいられるけど、涙をこらえることはもうできませんでした。
奥さんがそれに気づいて、ボクの背中をさすりながら言ってくれました。
「そうだよね、ここトトもここで、一人でがんばってくれてたんだよね」
その言葉でようやく少し落ち着いて、ボクたちは病棟へ向かいました。
ボクたちがココを失って1年余り。エリッククラプトンが「Tears in Heaven」を歌わなくなったのは、息子さんが亡くなって13年もたってからのことだ。このキズが癒えるのはまだまだ先のことなんだろう。そしてたぶん、ココの記憶はゆっくりと融けるように、染みこむようにボクたちの一部になっていく。でもそのことに終わりなんかなくていい。ココのことが悲しくなくなる日なんて、来なくていい。