小説でしか表現しえない世界がある――成田 くうこうさん「最後の子ども」評
こちらのnoteは小説「透明批評会」の10月、成田 くうこうさん作「最後の子ども」への批評noteとなります。対象作品はこちら。
まず、一読して圧倒的な世界観にやられました。中盤まで通底しているほの暗い雰囲気に激しい横ぐしを刺すような後半の急展開には、背筋がリアルにゾッとしました。
丁寧な文章の中に込められたエナジーのようなものを感じました。成田さんの文章力には、恐ろしいものを感じます。憧憬というよりは、私などが評するのは恐れ多い気さえしました。
この作品を読んで、学んだことがあります。それは、よく「実写化!」とかが多くの作品であると思うのですが、おそらくこの「最後の子ども」は実写化、映像化は難しいと考えます。読んだ人の脳内にダイレクトに広がる光景こそが、真実だからです。
「小説でしか表現しえない世界がある」ことを学びました。それは私にとっては大きな気づきでした。これも一つの文学の在り方なのかもしれませんね。
しいて難を申し上げても、それは本当に細かな小説執筆上のルールなので(三点リーダ「…」やダーシュ(―)は二つずつ使う、とかそういうことです)、この作品の完成度を上げるためにそれを反映させてくださってもいいと思いますし、このままでも十二分に熱量は伝わってきます。
何度読んでも、雪を踏みしめた時の「キュッキュッ」というあの音と、吹雪の声、独特な視点から語られる「私」の声が、脳内で反響します。怖い、と言ってしまうのは簡単ですが、そこに私は人間の業の深さのようなものを感じました。
このような作品に出会えて、透明批評会に参加できて改めて嬉しく思います。成田さん、ありがとうございました。
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