4丁目の約束
冬を司っていた灰色に
己の血を混ぜてピンクにし
パレットにそれを広げて
生ぬるい春を生み出した
少女の背中をただ
じっと見つめていた
青年が非日常に堕ちてゆく
湿らせた舌で転がす春は
どんどん上書き保存され
街は灰色だったことを忘れる
少女の背負った悲しみも
青年が秘めていた優しさも
春は全部忘れたふりをした
青年は真顔で呟く、
「こんな気持ち、初めてだよ」
冬を殺した青年が
春に復讐され窒息死する——
そんな御伽噺を味わいながら
美味しい紅茶を飲みましょう
この宵に相応しい
いびつな月を指でなぞりましょう
狂人が一人で佇みながら
微笑んで春を迎えた街角には
生ぬるい風に運ばれてきた
あの日の少女が震えている
「どうしてそんなに知りたがるの?」
血の味、
虚脱感、
喪失感、
壊れたジオラマ、
そんなの知らなくて良かったのに。
少女は告げる、いや叫ぶ、あるいは沈黙する。「冬を返して」
「気づいたら芽吹きだったの」
「こんな季節は大嫌い……」
彼の仕組んだ否定学と感情論が
少女をどこまでも弄ぶ
彼の繰る糸は少女の心臓を絡めとるが
やがて彼自身の首を絞めるだろう
冬を7回殺した彼は
春に7回殺されるのだ
狂人が声をあげて笑う
春も首をもたげて嗤い出す
二人は遥か遠くで約束を交わす
「天国4丁目で逢いましょう」
いいなと思ったら応援しよう!
よくぞここまで辿りついてくれた。嬉しいです。