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誰にも見えない孤独。でも、誰にもある孤独。

2025年3月1日(土)香川県高松市の「本屋ルヌガンガ」さんでトークイベントをします。

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「このまま、ただ息をしているだけで、人生は終わっちゃうのかなぁ」


 絵本『ジュエルっ子物語』のこの一文に、これまで10年以上、多くの共感をいただいてきました。それは、この絵本が私家版の頃から、いいえ、実は、まだ絵本という形になっていない頃からです。

幻冬舎刊(2022年8月)

 心からの望みが叶えられないと悟ったとき、私たちの絶望感や無力感はどれほどのものでしょうか。それが、この物語が生まれたきっかけでした。この物語は、元々、人を力づける目的のものではありませんでした。ただ、私自身が持って行き場のない感情を出したかったから。私が私自身を救いたかったから生まれた物語です。 
 私の望みは、ただ「一番大切な人に自分の本当の気持ちを伝えたい」ということだったのですが、「結局、自分の気持ちなんて伝わらない」という、自己嫌悪や失敗感を持っていました。そこから発生した孤独感は、既存の「言葉」が出来上がっている「生きづらさ」や「LGBTQ(性的マイノリティ)」に置き換えられることもありました。でも、それでは、自分の孤独は全く救われることがないと思ったのです。 
 美術家の犬飼美也妃さんは、私の表面的な要素である性的マイノリティや生きづらさを飛び越えて(もちろん無視するのではなく)、「感情」に焦点を当て、大きな共感のもと、挿絵を描いてくださいました。だから、この物語の1番目の共感者は犬飼さんと言えます。 
 「感情」というものには、解決したり、消去したりというはっきりとした答えが出ないからこそ、2人で対話を続けてきました。

美術家・犬飼美也妃(左)と濱田アキ

 その間、社会は急速にまたは緩やかに、私たちを置いてまたは巻き込んで動いて行きました。社会に照らし合わせるとなおさら、私たちの求める答えは出ませんでした。
 でも、そんな中でふと、時々とっても清々しい気持ちになることがあると気づきました。それは、答えが自分の思っていたところとは全く別のところにあると悟ったときでした。
 それは、人と関係を結んだからこそ降ってきたご褒美のような答えです。
 文章を書く人なのに、言葉で表現しなければいけないのに、そのとき言葉は全く無意味になります。でも、本当に不思議なのですが、言葉の外から答えを得たとき、私は物語を作る人で本当に良かったなぁと思うのです。

 当日は、濱田アキと犬飼美也妃の対話の様子をご覧いただき(聞いていただき)たいと思っています。10年前と今、昨日と今日、私たちは全然違うことを話したり、またはぐるりと回って同じことを話したりします。そのような営みの中に、私は、すべての人に共通する「孤独」に対する真実の答えがあるような気がするのです。

 高松にお邪魔すること、そして、皆様にお会いできることを心より楽しみにしています。どうぞご一緒に楽しい時間を過ごしましょう。

『ジュエルっ子物語』のお話を書いた人・濱田アキ

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濱田アキ
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