苦しいときこそ、些細な日常が心を救う
重なる予定や、うまくいかない現実にぶち当たったり、体調不良に追い詰められる中で苦戦しながらも10月を過ごしてます。半分を過ぎた・・・!よくここまできた…と、自分を褒めることも休ませることも忘れてはいけないなと思う一方で、「極度の不安に襲われると何かしていないと気が狂う」病で、主に制作を軸にひたすらいろんな事に時間を費やして没頭しています。
休む時間を作らないと、とも思うけど今はこれで心を保っていることも考えると複雑な心境や葛藤もあるけれど、自分が作ったものでこの世界のどこかの誰かが一瞬でもホッと安らげる瞬間を作れているのかもしれない、なんて自己満にしがみつきながら、必死に時間をやり過ごしています。困難な時こそ普段よりがむしゃらになる。自分なりの処世術のようなものでもあり、悪いところでもあるな~と感じてます。
そんな限界母ちゃんをやりつつ、昨晩トイレに入る前にふと
と思い出し、まさにトイレにちょうど入っていた息子に「ねえー!トイレの紙まだあるー?」と聞くと「あるよー!」の返事が。
そうか、記憶も曖昧になってて重症だなぁなんて思いながら寝る前にトイレに入って用を済ませ、トイレットペーパーを取ると・・・わずか20センチほどで「カラン…」と虚しい音が響きました。
あるのはあるけど、これはもう無いレベルなんだよね
この時の絶望感ってなんなんでしょうね。ありませんか?
これだけ残す意味ある・・・?でもゼロはゼロで困るんだけど…。
結局大声で息子に「足りないよォォ!取ってええ」とヘルプを求め、「も~勘弁してよね」とぼやくと、「ママ。細かいことばかり気にしてちゃダメだよポジティブに考えなきゃ!(ウインク付き)」なんて返されてしまい、その憎めなさにまた心が少し救われた気分でした。
そんな風になんてことない一言、なんてことない行動で、安心を分けられるような自分でいられたら良いなぁと思います。
話が飛び飛びになってしまいますが、その時の心境で「綺麗だな」とか「美しいな」と感じるものが変わるのもホント不思議なものです。
少し見出しを作ってみたらまた自分のキモチも少し表れているような気もしました。
ちょっと可愛らしいのも混ざってます!
誰かのほっこりに繋がりますように!
ここまで見出し用です。
~素敵な記事のご紹介~
繋がるご縁に感謝です!
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