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忘れたくない夏 別府の湯治宿で女将さんにいただいた一杯
一昨年の夏、仕事を辞めた私は
大分県の別府の温泉宿で湯治をした。
温泉の蒸気をつかった『地獄蒸し』で自炊ができて、付かず離れずのおもてなしが心地の良い宿に、三畳の部屋に素泊まりできる格安プランで数日間お世話になった。
長期滞在の方が多いからか、宿には共用のワークスペースが備わっていたが、昼間は私の貸切り状態だった。
転職サイトを見比べながら、自分のこれからについて考えたり、そもそも将来を考えることなんてできるのだろうかと途方に暮れたり、過ぎた過去に後悔をしながら、パソコンの画面を睨んでいると、
『よろしければ、どうぞ。』
と女将さんに差し出されたのが、手作りの赤しそジュースだった。
険しい顔を見られていたのかと恥ずかしくて、ペコペコしながら受け取り、一口飲むと、爽やかな香りと酸味。やさしい甘さと気持ちのよい冷たさで、パッと明るくなるのを感じた。
『この色は女性を元気にしてくれる、味方なのよ』
そう言い残して、女将さんはその場を後にした。
パッと明るくなったのは、私の気持ちで、頭で、身体なのだと思った。
ふと、隣の本棚に目を向けると、女将さんが設置しただろう日めくりカレンダーのコシノジュンコさんが『女性を元気にしてくれる』赤しそ色の衣装を身にまとっていて、美しくかっこいい先輩方からエールをもらったことを忘れたくなくて写真を撮った。
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私にとって忘れられない夏の一コマは、私の心を癒してくれた湯治の宿で、美しい女将さんにいただいた一杯である。