芦沢さんとぼく 第13話 転機
寄り添うこと。それを考えていたら、分からなくなった。私は大学で福祉を学んだ。専門職は相手の課題を見つけ、評価し、それに対する手助けをする。それが仕事だと教わった。でも、もう一方で、相手に寄り添うようにとも言われた。相手の話を傾聴すること。大事なことだと思った。でも、傾聴すれば寄り添うことになること。そもそも寄り添うって何を言うのか?大学では教えてくれなかった。
仕事につき、芦沢さんの面談に同席した。仕事をしているようには見えなかった。大学で教わったものではないと思った。だから、芦沢さんの不在の時に、専門職として哲也さんと向き合おうと思った。でも、哲也さんの話を聞かず、自分の考えで先回りの対応をし、哲也さんの信頼を失った。
寄り添うと思った。誰も事務室にいなかったから、私が優さんの相談を受けた。優さんは不登校。一緒に来たお母さんはそのことで悩んでいた。私も学生時代、学校に馴染めない時期があった。共感できると思った。優さんから話を聞こうと思った。優さんは話してくれなかった。私の経験を話せば、優さんも話してくれる。そう思い、自分の経験を話した。でも、優さんは話してくれなかった。
なぜ、話してくれないのか? 専門職になろうとした時も、寄り添おうとした時も、結局私は私から離れなかった。哲也さんにしても、優さんにしても、相手のことを考えず、自分のことしか考えていなかった。自分しかないから、相手が受け入れてくれる訳はない。それが分からなかった。私にとって、寄り添うって何だろう?寄り添い方って・・。
今日は先日、来てくれた優さんとお母さんが来る。芦沢さんと一緒に入る。どんな話になっていくのか。優さんたちが来るのは午後の15時。昼の休憩時間の終わりを告げるチャイムが鳴った後、私は芦沢さんに声をかけられた。
「田中さん、ちょっといいかな?」
「はい」
「午後3時に優さん達が来ると思いますが、田中さんはどうしようと思っていますか?」
「どうしよう?・・」
「うん、どうしよう?」
「それは優さんに対してですか?お母さんに対してですか?」
「優さんとお母さんに対して」
「優さんとお母さん・・。優さんには話をしてもらいたいなと思います。お母さんにはそんなに焦らずに、優さんから話が出るまで待ってほしいなと思います」
「そのためには田中さんは何をしますか?」
「何を・・」
「何をするんだろう?」
「・・」
「お母さんが田中さんからすると、待てない理由は何だろう?」
「不安なんだと思います」
「何が不安なの?」
「みんなから遅れ、落ちこぼれになってしまうことが」
「その不安に対して、どのように対応しますか?」
「優さんの気持ちも考えてほしいと思います。お母さんの不安をぶつけられれば、余計話せなくなります」
「それは誰の気持ち?」
「・・私です」
「田中さんが話す優さんの気持ちは何だろう?」
「・・分かりません」
「分からないのであれば、分からないと話してみようか。優さんとお母さんに」
「そんなこと言えません」
「何でだろう?」
「解決策を求めて、来ているのに、分からないなんて言えません」
「では、何て言いますか?」
「・・」
「田中さんが思うことを優さんとお母さんに伝えていきますか?それを伝えるのであれば、伝える目的は何ですか?」
「分かりません。・・芦沢さん、芦沢さんは何で答えを教えてくれないんですか?」
「答え?」
「芦沢さんは答えを知っているのに、それを教えてくれない。私が困ることが分かっていて、言っているように聞こえます」
「私が、これが答えだよって言ったら、田中さんはどうしますか?」
「その通りにします」
「そう。であれば、先程も話した通り、田中さん、優さんとお母さんに分かりませんと言って下さい。その通りにしますと言うのであれば、その通りにしましょう」
「やっぱりできません」
「分かりませんと言えない理由は、優さんやお母さんのことを思って言えないのですか?それとも、自分を思って言えないのですか?」
「・・・」
「田中さんが守りたいのは何ですか?」
「・・・」
「どんなに着飾っても、私たちの仕事は自分が出てきます。それを見ずに、自分の都合の良いように解釈している間は、独りよがりのものになります。自分の支援のために、相手を利用している。搾取しているようになります。支援という名前をつけるから、余計にたちの悪いものになります。自分と向き合えないのであれば、人と向き合うことは難しいように感じます。辛い、厳しいからこそ、逃げたくなる。でも、そこで踏ん張れるか否かで、話は変わってくるように感じます。踏ん張り、努力せず、自分以外の他者や制度のせいにしている間は、成長はできないように感じます。田中さんはどうしますか?」
「・・できません」
「そうですか。であれば、田中さん、私が優さん達の面談をします。田中さんは哲也さんの面談の時と同じように、私の横にいてください」
「・・・・・はい」
私は悔しかった。言われ続け、何も言えない自分に。腹が立った。言えないことを知っていて、話し続ける芦沢さんに。答えを教えてくれと言っているのに、答えを言わず、私のできないことを敢えて強要する。あんな人は支援者ではない。そう思った。ムカムカし、気持ちが収まらない中で、優さん達が来る15時になった。
優さんは学生服を着ていた。お母さんに連れられ、下を向いていた。面談室に入ると、お母さんと優さんが座ったことを確認し、お母さんの前に芦沢さんが、優さんの前に私が座った。
「お越し頂き、ありがとうございます。先日は田中がお話を伺いました。田中から話を伺い、本日より私、芦沢が優さん、お母さんのお話を聞かせて頂きます。よろしくお願いします。こちらに来られた経緯は田中から伺っておりますが、お母さん、その後のご様子はいかがですか?」
「はい。先日、伺って以降も様子は変わりありません。変わりないというか、もしかしたら悪くなっているかもしれません」
「どういうことでしょうか?」
「先日、来た時はまだ週のうち、3日ぐらいは学校に行けましたが、あの日以来、それが週2日、ひどい時は週1日という状況です」
「そうですか」
「先日、田中さんと優が話をされたと思いますが、何を話されたんですか?あの時に聞かば良かったのですが、聞かず。あの日以来、本人の様子が変わったので、何を話したのか教えてもらえませんか?」
「田中さん、お話できますか?」
「は、はい。お母さんと離れたあとに、優さんにお話を聞こうと色々と聞いてみましたが、優さんからは何もお話をして頂くことはできませんでした」
「何も話さなかったということですか?」
「はい」
「何も話さないのであれば、先に進まないじゃないですか?どうしたら良いんですか?」
「お母さん、優さんには、優さんのタイミングがあるかもしれません」
「この子のタイミングを待っていたら、受験に乗り遅れてしまいます」
「そうは言っても・・」
「どうしたら良いですか?」
「どうしたら」
「そうです。どうしたら良いですか?それを聞くためにここに来ているんです。それがないんだったら、他に相談します」
「そう言われましても・・」
「お母さん、スイマセン。話の腰を折ってしまって。私からお母さんにお聞きしても良いでしょうか?」
「何ですか?」
「スイマセン。お母さんのご心配を私が理解をしたいのですが、お母さんの心配はどんなものになりますか?」
「この子がこのまま学校に行かず、他の子から遅れ、高校にも行けなくなってしまうことです。そうなったら、私が夫や夫の親からお前の対応がダメだとか言われ、嫌な思いをするんです。私は一生懸命しているのに。この子のために、私は仕事を辞め、主婦をやり、子育てをしてきました。それでダメになったら、仕事もせず、家にいたのにお前は何をしてきたんだと言われてしまう」
「お母さんが責められてしまうんですね」
「そうですよ。この子が学校に行かないだけで」
「お母さんは優さんが学校に行かない、行けないことをどう思っていますか?」
「それを聞くために私たちは来ているんです」
「そうですね。私が聞きたいのは、お母さんはどう思っているかです」
「私ですか。」
「はい。お母さんです」
「優は学校に行くキッカケをなくし、行きづらくなっているだけだと思います。前、習い事をしていた時も、友達と上手くいかず、それ以来行けなくなったことがありましたから、きっと今回もそうだと思いました。この子は弱いです」
「そうですか。お母さんはそう思って下さっているんですね。ありがとうございます。優さんは確かに根が優しいお子さんですね」
「元々は優しい子なんです。優し過ぎて、周りに負けてしまうんです」
「やはり、優しいお子さんなんですね。優しいからこそ、周りを気にして動けなくなってしまう。そうかもしれませんね」
「どうしたら良いですか?」
「お母さん、私は大丈夫だと思いますよ」
「どういうことですか?」
「私、長くこの仕事をしていて、分かったことがあるんです」
「どういうことですか?」
「本人が周りを見る力があり、それを応援する親御さんがいるご家庭は大丈夫ということです。大丈夫だと思います。周りが見られるということは、自分の状況を認識できるということになります。タイミングが来れば、動き始められると思います。ただ・・」
「ただ、何ですか?」
「ただ、その為には、二つ大事なことがあります」
「何ですか?」
「本人が行動されるまで、お母さんから優さんに学校の話をするのは控えて下さい。その上で学校の話は私たちの方でさせて頂きます。なので、お母さんは御主人やご主人の親御さんに何か言われましたら、こちらの相談機関の方で任せてほしいと言われたと伝えて下さい。その上で、何かご質問などがあれば、ご主人やご主人の親御さんから直接、ご連絡を私たちの方に頂いても大丈夫です。お母さんはご家庭のことに専念し、学校に行っていた時と同じ行動を取って下さい」
「それで良いんですか?」
「それでお願いします。お願いしたいのは、学校に行く前の行動をご家族が取ること、私たちと優さんと定期的にお話する機会を持つことです」
「はい。それで良いのなら。優も良い?」
それまで黙って、下を向いていた優さんが頷いた。
「では、そうさせて下さい。お母さん、少し席を外して頂けますか?優さんと今後のやり方についてご相談したいと思います。10分程でお声がけします。優さんとお話をするのは、頻度と時間。そして今後の進め方になります。どうなったかはお母さんにご報告します」
「分かりました」
お母さんが部屋から出たのを確認し、芦沢さんは優さんに声をかけた。「優さん、改めまして、芦沢と申します。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「優さん、先程お母さんにお話をしたように、定期的に私たちと会って頂きたいなと思います。その間、優さんにお母さんが学校のことで色々と話すことは止めてもらいます。また、お父さんの話もお母さんではなく、私たちの方で聞きます。家の中では学校の話はなくなると思います。そんな形で進めたいと思いますが、良いですか?」
「はい」
「どのくらいの頻度だったら、来られそうかな?」
「どのくらい」
「うん。お母さんの心配が強いと思うから、最初は1週間に1回でどうかな?」
「別にそれでも良いです」
「ありがとう。来てもらったら、お母さんと優さんと一緒に話す時間を作り、その後お母さんに離れてもらい、その上で合流する形にしたいと思います。お母さんに話す内容は優さんに確認して、決めます。確認せずに話すことはしません。話してほしくないことは言って下さい。何か確認したいことはありますか?」
「ありません」
「ありがとうございます。では、次は来週。お母さんには週1回、お会いすることになったことを伝えます。良いかな?」
「はい」 芦沢さんは席を立ち、待合にいるお母さんに声をかけると、お母さんが部屋に来た。お母さんが席に座ると、芦沢さんが話し始めた。
「お母さん、お待ち頂き、ありがとうございます。優さんと話をして、週1回、お会いすることになりました。私たちの方で、優さんの生活を確認していきたいと思います。」
「優も納得したんですか?」
「はい。優さん、その形で良いですか?」
「はい」
「本人が良いなら、ぜひよろしくお願いします」
「ありがとうございます。お母さん、一番近くにいて、ご心配なことが多くあると思います。面談日以外にお電話でも構いません。もし、お母さんの方でご心配があれば、教えて頂ければと思います」
「お電話をしても良いんですか?」
「勿論です。お母さん、ご主人だけではなく、もし学校からも優さんのことを聞かれましたら、ぜひここの機関に話をしてもらっていますと伝えて頂ければと思います。学校から連絡を頂くようであれば、お母さんや優さんに確認しながら、こちらからもお話もさせて頂きますので。」
「そこまでしてくれるんですか?」
「勿論です。お母さん、ぜひよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」 母親は笑顔で部屋を出ていった。私は何を見たのだろう?険しい顔だった母と優さんがホッとした表情で帰っていった。
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