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「ふすまのむこうがわ」ふすまの前に立つ理由とは?


「ふすまのむこうがわ」、そんなタイトルの本を昨年、発刊しました。

 ひきこもり支援をしている。そのことを多くの人に知って頂くキッカケになったのは、地元のNHKが取材をしてくれ、夕方の時間帯に流れたニュース映像でした。その映像に付けられたタイトルが「ふすまの向こう側へ」でした。私が、ふすまの向こう側で生活を続ける男性に声をかけている映像。その映像にインパクトがあったのか、その映像をご覧頂いた方々から声をかけて頂く機会が増えました。また、その映像をキッカケに韓国やNHKの「クローズアップ現代+」などでも取材をして頂く機会に恵まれました。「クローズアップ現代+」では、地元のNHKで流れた映像と同じく、ドアの向こうで生活をし続ける男性に向けて、声をかけている私の映像が流れました。

 ふすまとドアの違いはありますが、どちらも人との接触を避けた本人と社会との境界線を象徴するもの。「ふすまの向こう側へ」というタイトルが示すように、私が社会にいる一人として、本人に声をかける。そんなイメージを多くの人が持たれました。あの映像をご覧になり、相談の連絡を入れてこられた家族の中には、自身の家庭でも同様のことをしてほしいと希望される方も沢山いました。それだけインパクトがあり、私のひきこもり支援を象徴しているものだったのだと感じます。

 ですが、なぜ私はふすまやドアの前に立つようになったのか?私の声を届けたいから?残念ながら、そんな恰好の良いものではありませんでした。理由は私が相談の場から逃げられなかったから。

 初めて、籠り続ける本人の部屋の前、ふすまの前に立ったのは、本で取り上げたケンジさん(仮名)でした。長く籠るケンジさん。同居の家族も本人の姿を長い間、見ていない。その状況に困り、家族が私のところへ来られました。ですが、私が家族にアドバイスをしたところで状況は変わらず。何もできない私。そんな私のところに、その後も相談に来られる家族。「どうしたら良いですか?」、そう家族に聞かれる度に、自分自身の無力さを突き付けられているように感じていました。その場から逃げたい気持ちと逃げられない現実の中で、ケンジさんに会えないと思いながら、自宅へ訪問。訪問に行き、会えなかったら、無理でした。そう家族に言って、終わりにしよう。その時は、そんな気持ちもどこかにあったように思います。でも、その後も訪問の継続を望む家族。逃げたいのに逃げられない。家族には申し訳ありませんが、私には辛い日々でした。

 訪問が終わり、次の訪問までの間は、何をしたら良いのかを考える。本などを読み、これではどうだろう?あれでは?考えて、訪問。試して、失敗。上手くいかないだろうな。そう思いながらも、訪問時に家族に話す私。私は何をしているのだろう?私が守りたいのは何なのか?私は何がしたいのか?
訪問しても、私は何も話せない。ふすまの前に立っても、言葉が出てこない。時間ばかりが過ぎていく。逃げたいけど、逃げられない修行のような日々。本人宅に向かう車中で色々考えるものの、妙案は浮かばず。訪問後、帰りの車中で何もできない自分自身を慰め、いつ終わるか?と思い悩む。そんな日々でした。

 ケンジさんとの出会いから今に至るまでの日々を文章に残しておきたい。そう思い、まずはタイトルを決めようと思った時に、浮かんだのは「ふすまのむこうがわ」でした。

 私がこれまで書いた文章は全てひらがな。「ひきこもりでいいみたい」、「おもいおもわれふりふられ」、「ふすまのむこうがわ」。なぜ、ひらがなのか?漢字で書いた場合、漢字から受ける印象に文章が引っ張られてしまう。私はそう感じました。物事には色々な見方がある。正解はない。私がこう思っても、他の人は違うことを思うかもしれない。違った思いも私は受け止め、受け入れたい。そのためにも、人によって色々な感じ方ができる、ひらがなにしたいと思いました。

 また、「ふすまのむこうがわへ」としてしまえば、私からケンジさんへという一方通行の話になってしまう。でも、私は世間一般がイメージするような支援は過去も、そして今もできません。もっと言えば、世間一般がイメージするような支援をしないことが支援になると思うようになりました。

 悩むという意味ではケンジさんと私は一緒。一緒に考え、悩む。それが支援になるのでは?と考えました。私から見て、ふすまのむこうがわにはケンジさんがいて、ケンジさんから見て、ふすまのむこうがわには私がいる。双方向の関わりがあることを示したいと思いました。なので、読んだ人に方向性を与えてしまう「へ」は削除しました。

 自分自身が書いた本を改めて読んでみると、この本には正解は書いてありません。これをして、上手くいかなかった、私の情けない日々が綴られているだけです。でも、それを見て頂く中で、改めて「支援」って何だろう?と多くの人が考えて頂けたら良いなと思います。どうぞ、宜しくお願いします。

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