困った人のこまりごと~春のパン祭り
「50代の男性が大きな声で騒いでいる」、そんな話が私のところに入ってきました。Aさんは一人暮らし。近隣は70代、80代の一人暮らしの高齢者が多く、その中では若い男性が一人大きな声で騒いでいる。そのことだけでも、近隣は怖がり、何かあっては困ると心配をしていました。
Aさんは精神科の受診歴はあるものの、現在は通院しておらず。近隣はAさんの声は聞こえるものの、何を話しているのかはよく聞き取れず。日中、Aさんのところに何かあったのかと聞きに行くのも怖く、腫物に触るような状態で過ごしていました。
近隣からの連絡を受け、自宅を訪れると、確かに男性の声が聞こえる。でも、何を話しているのかは、声が小さく、聞こえませんでした。
自宅のインターホンを押すものの、壊れているのか、鳴らず。戸をノックし、「こんにちは」と声をかけるものの、Aさんの声は途切れませんでした。「こんにちは。芦沢と言います。この地区の担当をしております。地区を回りながら、こまりごとを伺っております。何かできることがあればさせて頂きたいと思います・・」Aさんに話し続けるものの、こちらの声掛けには反応せず、Aさんが一方的に話す声が聞こえ続けました。
以前、通院していた病状が再燃したのかもしれない。近隣が心配している、近隣にとって困った人であるAさんを受診に繋がないといけない。そんな考えが浮かんできました。
でも・・。Aさんは何を言っているのだろう?私が訪問したのは日中。近隣が声を聞いたのは夜。1日中、話し続けているのであれば、疲れないのだろうか?1日中話しているのであれば、食事はどうしているのだろう?睡眠は?Aさんの困っていることは何だろう?そんなことを考えました。
訪問から1週間後、Aさんは以前、通院していた病院に電話を入れ、「話すことが止められず、辛い」と話しました。病院からの連絡を受け、再度訪問。病院から事前に話をしてもらっていた為、Aさんとは会え、一緒に病院を受診しました。
Aさんは自分の中でルールを決め、決まった念仏を唱え続けていました。途中で止めてしまうと、最初からやらなければならず。結果、自分の決めたルール通りに終わらなければ、延々とその作業を続けなければならないと話しました。
受診後、Aさんから食料品がないので買いたいとの話あり。近くのスーパーに行くと、Aさんはパンコーナーへ。菓子パンを買い物カゴに入れたかと思えば、元に戻し。また同じ菓子パンを持ち、また戻し。彼の中のルーティンが続きました。買い物カゴには同じ菓子パンが複数入れられ、それが終わるとお菓子コーナー。それが終われば・・。決まった食材、決まったメーカーの決まったものを買い続け、品数は少ないものの、量は買い物カゴ3つ。
私は彼が買い物をする後ろで、一定の距離をあけて、見ていました。買い物を終えると、彼より、「足りないものがあった。同じスーパーで良いから、いつも行っている店舗に行きたい」との話がありました。
彼が希望した店舗に着くと、彼は買い物カゴを持ち、パンコーナーへ。「あれ、足りないもの??」先程、買った同じパンを買い、同じお菓子・・。つい何分か前に見た光景が繰り返されました。そこでも、買い物カゴ3つ。それが終わると、「トイレットペーパーがないから、ドラックストアにいきたい」と希望。スーパーの近くにドラックストアがあったため、寄ると、決まったメーカーの商品を購入。それで買い物は終わると思ったら、今のドラックストアは食料品も販売しており、レジ前のパンコーナーに止まってしまい、先程スーパーで買った同じパンを見つけ、同じ行動をし、買っていまいました。
Aさんは自身で持って行った買い物袋には一切入れず、それぞれの場所でレジ袋を購入。レジ袋は7袋。一緒に行った私の車は、彼の購入したもので溢れてしまいました。
買い物をした翌日以降、彼から連絡が入るようになりました。「買い物が楽しかった。また、行きたい。」
私たちは相談して下さいと何気なく言ってしまう。相談することはこちらが思っているよりも大変なこと。相談する気持ちになり、相談できる相手がいなければならない。
地域の中で困った人であった彼は、今は自ら困っていると言える人になった。そう考えると、困った人として見ていた私たちが、彼のこまりごとに気づき、困っていると言える状況にしていたら、問題にはならなかったのかもしれない。私はそう思いました。