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芦沢さんとぼく 第15回 向き合うということ

 「自分と向き合うことから逃げますか?」、そう聞かれて、逃げたくないと思った。でも、逃げたいとも思った。何でそんなことを芦沢さんは言うのかと思った。逃げるか否かの話がなくても、仕事はできる。仕事ができるのに何で・・。同じ思いが出ては消えてを繰り返し、結局自分の気持ちを定めることができなかった。私はどうしたいのだろう?

 芦沢さんから聞かれた問いの答えを出さない、出せないまま、時間だけは過ぎていった。今日は哲也さんが来る日だった。この2週間、芦沢さんのところには哲也さんから頻回に電話が来ていた。

 哲也さんはSNSを通じて、色々な人たちと繋がりを持っていた。自身の興味・関心から繋がるため、相手のことは知らない。女性とプロフィールには書かれていても、男性かもしれず。SNS上のトラブルも、テレビなどで報道され、危険性が指摘され、家族から注意されても、哲也さんは止めずにいた。やっていれば、良いことも言われれば、悪いことも言われる。その都度、芦沢さんに何があったかの報告をしに、電話をしていた。芦沢さんは内容を聞きながら、危ないこともあるから、手を出す前に相談しようと必ず伝えていた。哲也さんは電話では分かりましたと言うものの、翌日にはトラブルが生じ、芦沢さんに話すを繰り返していた。そんな状況が続いていた、金曜日の16時に、哲也さんから芦沢さんに電話が入った。
 
 「こんにちは。」

 「こんにちは。どうしました?」

 「芦沢さん、僕、明日から沖縄に行きます」

 「はい?どういうことですか?」

 「SNSで仲良くなった人がいるんです。」

 「どういう人ですか?」

 「会ったことがないんですけど、40代の男性です。その人が沖縄に来いよと言うから行こうと思います」

 「もう少し教えてもらっても良いですか?40代の男性とはどういう経過で知り合ったんですか?SNSのことを私はよく分からないので教えてもらいたいのですが、哲也さんが何か検索してその人に繋がったんですか?それとも哲也さんが何か投稿したんですか?」

 「僕、仕事をしていないんです。だから、仕事を探していますとSNSに投稿したんです。そしたら、コメントしてくれたんですよ」

 「コメントってどのような内容ですか?」

 「仕事をしたいのなら、相談に乗ると書かれていました。その人、沖縄で会社をやっているんですよ。コメントをもらってから、色々相談しました」

 「色々ってどんなことを話したんですか?」

 「僕が、障害があることとか、今、相談している人がいることとか、仕事につきたいけど、どうしたら良いか分からないこととか」

 「それに対して、どのようなコメントをくれたんですか?」

 「障害なんて気の持ちようだから、俺のところにくれば良い。相談しているところに、これからも話をしたって何も変わらないぞ。そこで話を聞いてくれている人たちは、その仕事しかしたことがないんだろ。仕事の相談をしても、何もできないぞと言われました」

 「それを聞いてどう思いました?」

 「それもそうかなと思いました。ここに相談をしても、何も変わらない。それなら、沖縄に行って、新しい生活をした方が良いと思いました」

 「それはご家族にもお話をされたんですか?」

 「言っていないです。言わないで、出て行こうと思います」

 「言わない理由を聞いて良いですか?」

 「言ったら、止められるので。止められたら、僕の人生、終わりなので。それだけは避けたいです」

 「言わないで出ていくと、ご家族が心配し、騒ぎになると思いますが、その時はどうしますか?」

 「考えていません」

 「そうですか。私のところにお話をして下さっていましたが、沖縄に行ったあとはどうされますか?」

 「沖縄に行ったら、あっちの人に相談します。芦沢さんのところには話をしません」

 「そうですか。私は心配になりますが」

 「心配されても、僕の人生なんで。僕ができることを証明しますよ」

 「哲也さん、哲也さんがいなくなり、ご家族は心配し、私のところに電話をしてくると思います。ご家族が警察に捜索願を出せば、それはそれで哲也さんが望む形ではないと思います。ご家族から連絡が来たら、私からご家族に哲也さんは無事であることを伝えて良いですか?あと、哲也さんからご家族に無事である旨、どこかで連絡を入れて頂けませんか?」

 「でも、あっちの人から誰にも言わず、来るように言われたので、困るな。どうしようかな」

 「誰にも言うなと言われたんですか?」

 「そう言われました。」

 「哲也さんは沖縄に行ったら、どうなるって聞いているんですか?」

 「沖縄に着いたら、その人の会社で働かせてもらえる。部屋もあって、給料もちゃんと出してくれるって言われました」

 「そこは大丈夫なところなのか、芦沢は心配してしまいます」

 「大丈夫です。大丈夫だと言っていたので」

 「でも・・」

 「芦沢さんは僕が成功することを望まないんですか?心配ばかり言って。僕の成功を止めている。沖縄の人に芦沢さんの対応について話をしたら、そいつの言うことを聞いていたら、お前は成功できない。だって、そいつに相談しても何も変わらなかっただろうと言われました。芦沢さんに相談しても何も変わらない。だから、沖縄の人を頼ろうと思いました」

 「哲也さん・・」

 「もういいです。僕、沖縄に行きます。これまでありがとうございました」

 電話は一方的に切れた。芦沢さんは切れた電話の受話器を見つめていた。
 
 「芦沢さん、どうします?」

 「そうだね。どうしようかね?」

 「ご家族に連絡しますか?」

 「いや、明日、哲也さんが本当に出かけるか否かを確認してから、今後は考えたいと思います」

 「大丈夫ですかね?」

 「どうだろう?」

 「芦沢さんは悔しくないんですか?」

 「何がですか?」

 「あんなに話を聞いてきたのに、芦沢さんに相談しても何も変わらないと言われて」

 「哲也さんにはそう言いたい、言わないといけない事情があるんだろうね」

 「傷つかないんですか?」

 「誰が?」

 「芦沢さんがですよ」

 「この仕事をしていれば、相手から強く言われたりすることはある。理不尽に思うこともあるかもしれない。でも、私が気になるのは、私ではなく、哲也さんがそれを言った後の行動。明日以降の行動だね」

 「明日以降の行動?」

 「哲也さんが話していた通りに沖縄に行くのか。行く際に家族に全く言わないで行くのか?など、哲也さんの行動を見ていかないといけないね」

 「はい」
 
 哲也さんはどうするのだろう?私は一人、ドキドキしながら、その後の時間を過ごした。
 
 
 

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