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芦沢さんとぼく 第16話 一緒にやりましょう

 哲也さんが沖縄に行くと話した日を迎えた。昨日から哲也さんは本当に沖縄に行くのか、芦沢さんはどうするのか、気になっていた。家にいても落ち着かず、今日はいつもよりも早く出勤した。早めに着いて誰も来ていないと思っていたら、芦沢さんは既に来ていた。
 
 「おはようございます」
 
 「おはよう」
 
 「芦沢さん、今日、早いですね」
 
 「そうかな。今日、道がすいていたからかな」
 
 「私は哲也さんのことが気になって、早く来たのかと思っちゃいました」
 
 「哲也さん、今日だね」
 
 「気にならないんですか?」
 
 「気にはなるね。ただ、私が気にしても、何もならないからね」
 
 「今日、哲也さん、沖縄に行きますかね」
 
 「どうかな。分からないけど、私は行きそうな気がします」
 
 「どうしてですか?」
 
 「どうして?そうですね、何で哲也さんは私に、沖縄に行く前日に話したのか?沖縄に行く話は多分前からあったんだと思います。でも、その時は話さず、敢えて前の日に話した。沖縄の話をすれば、私は止める。それを哲也さんも分かっていたと思います。だから、止めることが難しい前の日にした。もっと前であれば、私に話を止められてしまう。私に話をされたら、自分自身の決断が揺らいでしまうと思ったのかなと私は思いました」
 
 「どうするんですか?」
 
 「誰がですか?」
 
 「芦沢さんです」
 
 「今、私は何もしません」
 
 「何ですか?」
 
 「何で?田中さんは今、何ができると思いますか?」
 
 「家族に連絡を入れるとか・・」
 
 「私から今の時点で家族に話をした場合、哲也さんがまだ動いていないかもしれません。家族が私の話を受け、哲也さんに話をするなど、行動した場合、哲也さんがどう反応するか分かりません。まずは今日、哲也さんがどう行動するのかを私は見たいと思います。今日の夜に家族に連絡を入れ、哲也さんの様子を聞いてみようと思います。その時の家族の話次第で今後については考えたいと思います」
 
 「そうですか。芦沢さんがそう言うなら。分かりました」

 大丈夫なのかな?哲也さん、勝手に動き、トラブルに巻き込まれたりしないかな?考えることは悪いことばかり。私は落ち着かず、フワフワした気持ちのまま、1日を過ごした。哲也さんのお母さんが仕事をしているため、芦沢さんは夜、お母さんに電話した。
 
 「こんばんは。芦沢でございます」

 「こんばんは」
 
 「遅い時間に申し訳ありません。今、よろしいですか?」

 「はい。私も芦沢さんに電話を入れようと思っていたので、良かったです」

 「何かありましたか?」

 「はい。哲也が今日、荷物を持って出ていきました」

 「どういうことか、もう少し詳しく教えて頂けますか?」

 「昨日の夜に、哲也が話があるというので話を聞いたら、明日、沖縄に働きに行くと話すので、どういうことなのか聞いたら、ネットで知り合った沖縄の人が仕事を紹介してくれると言うから行ってくると言うんです」

 「はい」

 「私、そんなの騙されているんだから止めなさいと言ったんですけど、本人は聞かず。俺も一人前の人間になりたいんだ。沖縄の人に話をしたら、一人前に俺がしてやると言っていたと言うんです。何を言っても、言うことを聞かないので、芦沢さんに言ったの?と聞いたら、あの人に相談しても何も変わらない。俺は変わりたいんだ。芦沢さんにはそのことを話したから、もういいんだと話し、話を切って、自分の部屋に行ってしまって」

 「はい」

 「私に話して、一晩したら、気持ちも変わるのかと思い、様子を見ることにし、今日になり、朝起きたら、哲也さんの靴も玄関にあり、出なかったと安心し、いつものように哲也のご飯だけラップにし、冷蔵庫に入れ、私は仕事に行きました」

 「はい」

 「さっき帰ってきたら、台所のテーブルの上に紙が置かれ、沖縄に行きますと書かれていました。部屋に行ったら、哲也の荷物もなかったので、あの子、沖縄に行ってしまったようです」

 「そうですか」

 「どうしましょう。芦沢さん」

 「お母さん。私、無責任なことを言うかもしれませんが、お母さんのお話を聞いて、良かったなと思いました」

 「どういうことですか?」

 「私、哲也さんから芦沢と話をしても変わらない。沖縄に行くと言われた時に、哲也さんがご家族に言わず、いなくならないかと気にしておりました。でも、今回、哲也さんはお母さんに話をした。しかも、どこに行くかも伝えた。哲也さん自身も不安なのかなと思いました。ここからはお母さんとご相談ですが、お母さんは今、どうしようと思いますか?」

 「それに悩んでいます」

 「私は哲也さんから連絡が来るまで待ってみたいと思っています」

 「待つ」

 「そうですね。お母さんや私からすれば、心配ですが、哲也さんは自分なりに悩んで、考えて、今回行動した。私たちが良かれと思い、すぐに、例えば警察に捜索願を出すなどをすれば、確かに哲也さんを見つけ、私たちは安心するかもしれませんが、哲也さんは私たちに不信感を抱くかもしれません。哲也さんが自分なりに納得する形にしたい。私はそう思います」

 「でも、心配です。何かあったら・・」

 「そうですね。なので、連絡を待つ期間を決め、それまでに連絡が来なければ、警察に捜索願を出すことにしませんか?」

 「期間?」

 「はい。例えば、1週間。その間に連絡が来なければ、警察に話をする。お母さん、私、根拠がありませんが、哲也さん、連絡してくるように思います」

 「そうですかね」

 「私の方に連絡が来ましたら、お母さんに連絡します。お母さんも申し訳ありませんが、哲也さんから連絡が来たら、教えて頂けますでしょうか?」

 「はい」

 「お母さん、一緒にやりましょう」

 「はい。よろしくお願いします」

 「よろしくお願いします」

 哲也さんは連絡をしてくる。芦沢さんはそう話した。本当だろうか?連絡をしてこなくて、何かトラブルに巻き込まれたらどうするんだろう?トラブルから逃げたい、それに関わることを避けたい気持ちが私にはあるけど、芦沢さんはお母さんに一緒にやりましょうと話していた。一緒にやるとはどういうことだろう?

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