ステイホーム ―コロナに揺れる、ひきこもごもな生活―
1. 「分かる」を巡るすれ違い
「ステイホーム」、家に留まることを求める言葉。その言葉が言われ始めたのは2020年4月。もうすぐ2年が過ぎます。家に留まるでイメージされるのは、ひきこもり。前年の2019年はひきこもりに関連した事件が起き、公表された国の調査結果から、ひきこもり100万人と社会問題化されました。ひきこもりが外に出ないことを問題視していた社会が、翌年にはひきこもる生活を住民に求める、そんな時代がコロナの感染拡大によりもたらされました。この2年、繰り返される自粛要請と解除。ひきこもりはこの2年をどのように過ごしてきたのか?ひきこもり支援で出会う本人、家族の状況を、支援者である私の目線から見ていきたいと思います。なお、取り上げる事例は個人の特定ができないようにいくつかの事例を組み合わせるなど、加筆修正を加えます。
タカシさん(仮名)は30代の男性。高校卒業後に大学に進学。卒業後は親の勧めを受け、就職するものの、会社の人間関係で上手くいかず退職。その後はコンビニなどでアルバイトをするものの、長続きをせず、辞めるということを繰り返していました。私が彼に会ったのは、2018年の12月。12月にしては暖かい日が続いた後、急に気温が下がった、そんな日でした。タカシさんは60代の母と一緒に来所さました。一緒に私の前の席についたものの、一方的に話を続ける母とは対照的に、話には入らず、窓を見つめ、昼過ぎから曇ってきた空を眺めていました。一方的に話し続けた母を部屋から出てもらい、彼と話すことにしました。母が部屋から出ようとした際に、彼は小さく舌打ちをしていました。それが彼との出会いでした。
彼にこれまでの経過を聞いても、返ってくる答えは「別に」、「ないです」。会話が続かないものの、家族、特に母からのプレッシャー回避のため、彼とは定期的に会うことを約束しました。その後、定期的に会うようにはなったものの、会話が続かず、初めの頃は短時間で面談は終わっていました。彼の日常生活を聞いていくと、彼はアメコメが好きなことが分かりました。映画公開されたばかりの作品を話題に話をしていくと、積極的に話をするようになりました。それと同時にこれまでの経過についても話すようになりました。
大学を卒業後、就職したものの、配属された部署の上司と上手くいかず、会うのが辛くなり、初めは休んでいたが、それが続き、半年で辞めたこと、退職後は家族からのプレッシャーもあり、ハローワークには通ったものの、また同じような会社に当たったらどうしようと考えると二の足を踏んでしまい、面接を受けない状況が続いたこと。なかなか具体的な行動に移れない中、家族からは「今後、どうするの?」と言われ、それが辛くなり、家族とは話をしないようになったことなどを話しました。
話をしていくと、彼にはゲームソフトを作りたい、そんな希望があることが分かりました。ただ、卒業した大学は情報処理の分野ではなく、知識はない。新たに情報処理を学ぶ学校などに行く気持ちはない。ゲームを作ることはできなくても、ゲームのアイディア、キャラクター、ストーリーを考えたい。そんな話をしてくれるようになりました。
彼も、私もお互いに会うことに慣れたそのような時期に、コロナ感染が国内で発生したとの報道がありました。感染防止という名のもと、多くの人が自宅にいることを求められるようになりました。正体の分からない感染症。感染したら、どうなるのかも分からない。感染したくないのであれば、人との接触を避ける。そんな空気が社会全体に流れていました。彼は面談を中止したいとメールをしてきました。彼から送られてきたメールには、「コロナが怖い。人と会うことで感染するのであれば避けたい。私が感染したら、家族に迷惑をかけるから」と書かれていました。
面談を休止し、2週間が過ぎた日。母からメールが届きました。「面談が休止となり、タカシは殆どの時間を部屋で過ごしています。出てくるのは食事の時。食べに来ても、私たちには声はかけず。炊飯器から自分のご飯を盛り、私たち、家族が座るテーブルとは別のテーブルに座り、一人黙って食べる。食べ終わると、食器を洗い、また自分の部屋に行く。そんな生活を送っています。タカシに声をかけても、何も言ってくれない。将来のことが心配。それが分かっているのであれば、行動が取れるはず。それをタカシはしようとしない。毎日、将来のことを考えると不安で押しつぶされそうになります」と書かれていました。
私はタカシさんにメールを送ってみました。「この2週間、生活は変わりありませんか?」タカシさんは時間を空けず、返信をしてきました。「この2週間、部屋にいます。家族もコロナで仕事が休みのことが多く、家にいます。そのため、部屋から出ることができません。家族に会えば、今後どうするの?と聞かれる。それが辛いです。今後が心配なのは分かっています。分かっているから行動に移せない。それを家族は理解していない」、そう書かれていました。
分かっているなら行動できるはずと考える家族。分かっているから行動できないと話す本人。「分かる」を巡りすれ違う本人と家族。そのすれ違いが埋まらぬまま、平行線を辿るのか、すれ違いを認め、新たな方向を模索していくのか。どちらの方向に進むのかで話は変わってきます。
ひきこもりはなかなか問題として表に出てきません。本人と本人を支える家族が耐えることが限界になった時、初めて問題として表に出てきます。コロナ感染とそれに伴う社会の変化は、本人と家族をこれまで以上に苦しい状況に追い詰めています。限界となった本人、家族が増えていている。そのように感じます。
コロナ渦におけるひきこもりについて、ひきこもり支援の現場から見えてきたことを綴っていきたいと思います。どうぞ、お付き合いください。
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