わたしを立ち止まらせるもの

色々な場面で
わたしの人生を話すと
(ぜーんぶ話すと3時間くらいかかるので
ギュッとかい摘んで要所要所だけね)
だいたいの反応は
驚きなのか意外性なのか
言葉が出ない…といった様子になる。

何が?だろうか。
いじめにあった話か。
看護師になった話か。
恋愛依存症の話か。
夜な夜なススキノで遊んでいた話か。
鬱になり指一本でギリギリ人間だった時の話か。
何かを埋めるように身体にtattooいれまくった話か。
思い立ってヨガをしにアメリカ行った話か。
妊娠して結婚した話か。
その子を産んですぐ別居した話か。
調停離婚が成立してシングルマザーになった話か。
その子が自閉スペクトラム症だった話か。
再婚して10年ぶりに出産した話か。
その子が今度はダウン症で多指症だった話か。

え?ありすぎ?
いやいや、みんなの人生も振り返ったら
こん位は色々とあるはずよ。
大なり小なり。

大変な想いをしてきたとか
困難だったとか
たぶん、その真っ只中の時には
確かにそうだったかも知れない。

でも、やっぱりわたしは
頭のネジが5〜6本ぶっ飛んで行方不明にて
全部笑い話な武勇伝として語れる。
その当時はがむしゃらだったけど。
喉元過ぎれば…ってやつで
その一つ一つの出来事に直面するたびに
立ち止まって考える事ができた。
自分の身に起こる出来事に
意味づけするように…


どうしてわたしがこんな目に遭うの?
とは思った事がなくて。
自分に起きた出来事で
知らなかった世界を知れて
わたしの世界が広がったから
むしろありがとうだった。

とにかくせっかちだし
目についたものに飛びつくし
あっちこっちと中途半端にしながら
手を伸ばしちゃうんだけれど
【困難】と呼ばれるもののお陰で
わたしは立ち止まり
考えて
世界を広げる事ができる。

もちろん今でも
見切り発車で手を出して
大火傷する事もある。
(最近ならPTAかな)
それでも腐らずに進めるのは
火傷を火傷で終わらせない
したたかさのようなものが
身についたからかも知れない。

それから…
やっぱり凹む日もあるけれど
それは回遊魚のように
ずっと動いてしまうわたしを
立ち止まらせるために
必要な出来事なのだと思えるから
また今日も前を向けるのかも知れない。

それじゃあ、やっぱり
どんな出来事も
最後は感謝で締めくくれる。
今日も今日とて
ありがとう。


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