伝聞法則5(あの人はすかんわ)

(はじめに)
 刑事訴訟法を勉強したことがあるなら一度は見たことがあるフレーズ。第1位「風船をやってからでよいではないか」に次ぐ、第2位「あの人はすかんわ。いやらしいことばかりするんだ」についてです。


(米子事件)
 問題となる「あの人はすかんわ。いやらしいことばかりするんだ」という証言を取り扱ったのは、昭和30年12月9日の最高裁判決です。
該当すると思われる箇所を引用します。
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 さらに、第一審判決は、被告人(甲)は「かねてAと情を通じたいとの野心を持つていた」ことを本件犯行の動機として掲げ、その証拠として証人Kの証言を対応させていることは明らかである。そして原判決は、同証言は「Aが、同女に対する甲の野心にもとずく異常な言動に対し、嫌悪の感情を有する旨告白した事実に関するものであり、これを目して伝聞証拠であるとするのは当らない」と説示するけれども、同証言が右要証事実(犯行自体の間接事実たる動機の認定)との関係において伝聞証拠であることは明らかである。
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 何度読んでも、「あの人はすかんわ。いやらしいことばかりするんだ」という記載はありません。
 どういうことでしょうか。

(上告趣意書)
 最高裁刑事判例集には上告趣意書が引用されていましたので、確認したところ、どうやら次の発言が、発言者以外の証言から明らかになっているようです。わかりやすく説明します。
証人は、次のことをAさんから聞いたと証言しました。
1 自分は米子の方で務めているが嫌になった。
2 (その理由として)甲につけられていけない。
3 ・・・石段の上よりの川のところから出てきた。
4 それで恐ろしくて飛んで帰った。
5 あの人は、すかんわ。いやらしいことばかりするんだ。

 上記の5で、「あの人はすかんわ。いやらしいことばかりするんだ」という発言が出てきました。
 まず、伝聞証拠ではないとして原判決の判断を見てみます。

(原判決の判断)
 原判決は
「Aが、同女に対する甲の野心にもとずく異常な言動に対し、嫌悪の感情を有する旨告白した事実に関するものであり、これを目して伝聞証拠であるとするのは当らない」としたようです。

(要証事実)
 すでに何度か触れているところですが、伝聞証拠であるかどうかは、要証事実をどう捉えるかによって決まります。
 では、原判決は要証事実をどのように考えているでしょうか。若干微妙なところですが、善意解釈して、Aが「嫌悪の感情を有する旨告白した」事実と考えてみます(「若干微妙」と書いたのは、「甲の野心にもとずく異常な言動」をも要証事実に含ませてしまうと、それは、上記の2や3の内容が真実であるかどうかに関するものとなってしまうので、そのようなことを要証事実とするとAの発言は、伝聞証拠になってしまいます。ですが、ひとまず、原判決が伝聞証拠ではないとしたことについてどういう意味合いがあるかという観点から話をすすめていきます。)。
 「嫌悪の感情を有する旨告白した」という事実はどのように認定できるでしょうか?
 特に上記5の発言は「あの人はすかんわ」というものです。このことから、嫌悪の感情を有する旨の告白があったといえます。注意しないといけないのは、「あの人はすかんわ」という発言から、「Aが甲のことを好きではなかった」という事実を認定するということではないという点です。

(事実認定の構造)
 やや込み入った話をします。
(1)要証事実を発言自体として捉える場合
 ア)発言があったこと→イ)そういう発言をした→ウ)そういう発言をしたなら、○○ということがいえる。
(2)要証事実を発言内容として捉える場合
 ア)発言があったこと→イ)その内容となる事実が認められる。
 この二種類の事実認定の仕組み(構造)は非常に重要だと思います。
 (1)の場合は、非伝聞、(2)の場合は伝聞です。

(精神状態についての発言)
 精神状態についての発言について、伝聞証拠ではないと言われることがあります。様々な理由がありますが、上記(1)のイ)からウ)への結びつきを認めるかどうかが重要な点です。
 白鳥事件でも出ましたが、
 ア)Xが「自分が犯人だ」といった→イ)Xがそういう発言をした→ウ)Xがそういう発言をしたならXが犯人である、という構造において、イ)からウ)への結びつきは認められるべきではないと説明しました。したがって、Xが「自分が犯人だ」といったことに関して、その発言があったこと自体を立証しても、ウ)に結びつきません。ウ)に結びつかないとすれば、他に事件に関係することがらに結びつかなければ、発言自体を立証しても、発言事件と事件との関連性がないと考えることになります。
 では精神状態に関する発言はどうでしょうか。
 ア)Aが「甲のことが嫌いだ」→イ)Aがそういう発言をした→ウ)そういう発言をしたことから、Aは甲のことが嫌いだ、ということがいえる、という構造が成り立つでしょうか。この点について、次回で詳しく論じることにしますが、ひとまず、ここでは結びつくと理解しておきます。そう考えると、精神状態の発言は、伝聞証拠ではないと整理することができます。

(再び米子事件)
 では、ア)Aが「あの人はすかんわ」と言ったことの
 要証事実を
 イ)「嫌悪の感情を有する旨の告白があったこと」(=発言自体)と捉えて、
 ウ)Aが甲のことを嫌いだと思っていたこと
 が結びつくとして、Aが甲のことを嫌いだと思っていたことがどういう意味を持つでしょうか。
 米子事件は、甲(被告人)が「かねてAと情を通じたいとの野心を持つていた」ということを動機とした事件として審理されました。
 「Aが甲のことを嫌いだ」という事実から、「かねてAと情を通じたいとの野心を持つていた」という事実を結びつけることができるでしょうか?あるいは、「Aが甲のことを嫌いだ」という事実から、甲が犯人であるという事実を結びつけることができるでしょうか?(米子事件の被告人は、「自分は犯人ではない」と言っています。)。おそらくいずれも難しいでしょう(なお、仮に、被告人が「合意があった」と主張していた場合、意味があります。あの人のことを嫌いだと言っていた人が、合意するとは考えられず、被告人の言い分は排斥される。ということになります。)。
 そうすると、伝聞証拠ではないとして「Aが甲についてすかんわ」と言っていたことを証明したとしても事件には関係がないということになります(原判決が非伝聞証拠ではないとしたことそれ自体は説明できるとしても、それによって証明される事実が事件と関連性がないという言い方ができます。)

(最高裁)
 このように考えると、Aの発言を非伝聞証拠として用いるには関連性がないという観点から無意味です。Aの発言内容を要証事実とせざるをえないのではないかと検討されることとなります。

 もう一度発言内容を引用します。
1 自分は米子の方で務めているが嫌になった。
2 (その理由として)甲につけられていけない。
3 ・・・石段の上よりの川のところから出てきた。
4 それで恐ろしくて飛んで帰った。
5 あの人は、すかんわ。いやらしいことばかりするんだ。
 これらの発言について、最高裁は
 「同証言が右要証事実(犯行自体の間接事実たる動機の認定)との関係において伝聞証拠である。」
 と判示しました。
 1から4の内容となる事実が認定できれば、被告人の動機を裏付ける(結びつける)ものとなるでしょう。他方で、上記5も伝聞証拠であるとの判断に含まれているのかははっきりしません。
 かならずしも最高裁は「あの人は、すかんわ。いやらしいことばかりするんだ」という精神状態に関する発言を非伝聞証拠ではないと整理したわけではないと思われます。

(予告)
 次回では、精神状態に関する発言を伝聞証拠とするか、非伝聞証拠とするかについて、もう少し掘り下げて考えたいと思います。

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