仮想通貨のスロットマシン(1)
【一首鑑賞】穂村さんのお金
この『ラインマーカーズ』の頃の穂村弘さんが大好きだ。ある世代以後の人たちに、穂村さんの才能を疑っている人なんていない。みんな魔法ような穂村弘のイマジネーションに「うわー、すごいなあ」と思いながらため息をついていたと思う。
ぼくが歌をはじめたばっかりの頃は穂村さんの第一歌集『シンジケート』はがんばれば手に入れられるくらいだったか、もう絶版だったかして、『ラインマーカーズ』のほうがお得、というイメージがあった。穂村弘の短歌に完璧に魅了された。穂村さんは大辻さん、大塚寅彦さん、加藤さん、水原さん、東さんなどと並ぶ、80年代のビッグネームだと思った。
初心者のぼくの目には穂村さんが見せる「イマジナリティ」は驚異的だった。『短歌という爆弾』に「共感と驚異」という言葉があった。もしかするとそれは、自分流にいうと「イマジナリティの質」のことだったのかもしれない。
この歌は下の句の「ぐるぐるまわす」というのが好きだ。多分舞台も日本のいわゆる「スロット」ではなくて、本場アメリカのスロットマシンな気がする。ぼくはパチンコ系の賭け事はやったことがないけど、これだけ泣きじゃくっていたら、お金もじゃかじゃかでてきそうだ。
そして、「おまえ」はあきらかに「俺の金」でスロットマシンをぐるぐる回している。これは現金だなんて野暮なことは言わないけど、ほんもののコインのかおりがプンプンする。だれもこのお金が「仮想通貨」だなんて読む人はいないだろうなと思う。
話のまくら
1.デリカシーが足りない
なんでこんな鑑賞を書いているのかというと、ぼくがこれから語ることの重大さを自覚しているからだ。
ぼくを育んでくれたのは結社だし、そもそも結社があると知ったのはインターネットなので、むしろネットには恩義を感じている。多くの歌人たちがいまやはりインターネットで新しい場を広げている。もはやリアルな付き合いのほうが「ハラスメント」の可能性があるから危ないらしい。
一方、ぼくは外出にものすごく時間がかかる。外出の支度中に、頭のなかを「外出しなきゃ」以外の想念が沸き起こることだってしょっちゅうだ。最近、自分のなかに湧いた想念を記述してみて、「眼前の外出よりこっちの考えのほうが、文学的には大発見かもしれない」と気づくことが増えた。
だったら外出なんてやめてしまえ、と思っていまはネットで文章を書く事に決めた。もちろん貧困とか孤立無援とかいろいろ、「こういう生活」になる前に自分のなかで覚悟をしなければいけないことはたくさんあったけど、「こういう生活」は10年も前から変わらないし、文章を書いても書かなくても多分「改善しない」のだ。そしたら書いたほうがそうしないより心の張り合いになる。誰からも反応されないのはかなしいけど…。
ぼくは会とかに出て批評なんてして「ハラスメント」とか「基本的歌権」なんて言われたら大変だと思って、呼ばれてもない歌会にしゃあしゃあと出るのを辞めているし、もう宅配スーパーと訪問診療さえあれば生きていける状態を作った。
短歌を始めて1年ちょっとくらいで超結社(当時はそういった)の会合に出て、他結社の初対面の年配の方に「◯◯さん、あなたって歌が下手ですよね」とか面と向かって放言して周囲の全員ドン引きする空気になったのを覚えている。そういうのを「デリカシー」というのだと、あとから知った。信じられないことだが、ぼくは最近まで自分にデリカシーという考えがないことを気づかなかった。
「そうか、だから嫌われるんだ」と気づいたけど、「ポン」と手を売ってもいきなり好かれるようにはならない。そもそも「これは歌ダメだよなぁ」とか、思ったことをいわずに飲み込んで適当なおべっかを使うとぼくの感情が死んでしまう。
それをいまさら取り繕っても仕方ないと諦めた。もう誰とも利害関係がないから、対人関係で繊細さを意識する必要もない。「群れるな」とおしえてくれた木下龍也さんには感謝している。
2.賞について
どこに載るかというより、自分はひたすら「〇〇さんのような見識を持ちたい」「◯◯さんのような歌がつくれたら…」みたいな他の歌人への憧れしか強烈に感じたことがない。
人から「すごい向上心だね」なんて言われるけど、別に新人賞をとったって歌がだめでは恥ずかしいし、賞は自分のあとに続く人たちの「範」にならなきゃいけないから、恐れ多くて取りに行けない。ぼくのなかでは当然の感情なのでそう言って敬遠されると困る。
若い人たちと一度だけご一緒した歌会で、賞を「読まれるための手段」と考えている人ばかりなことにぼくは驚き、「ん?自分の歌にそんなに自信があるのか」と驚いたことがある。ぼくは一票も入らず、彼らから珍奇の目でみられた。しかしぼくは口に出さなかったが、彼らの歌をすみずみまで読んだ後、「意地でもこいつらの後に賞はもらいたくない」と心から思った。
ぼくはいまでもときどき無料で同人誌に「えっ、これ賞とか出したほうがよくない?」みたいに発行する方から言われる原稿を普通に書くことがあるけど、評論なんてお金かけて出してもそもそも読まれないから、ネットに書くほうがいいと真剣に思っている。
いくばくか謹呈してもらって、横書きが読みにくいという年配の方の目に触れる機会を作ってもらえれば嬉しい。
どんなスタイルの生活をしているか、見てくれなんて人それぞれだから、ぼくはいまここで書くにいたった過程や判断そのものの正しさを確信している。書く内容の評価は、もちろん人それぞれだと思う。
さらに、一応見る自由と見ない自由はあるから、X(Twitter)メインではなくあくまで「ちょっと手間をかけないとやってこれない」noteにのみ書くようにしている。
これは別に人の悪口ではないし、作品や批評についての観点だから、それを「言うな」というのはおかしい。まったくスルーも悲しいけど、ほんと岸信介じゃないけど、「声なき声」が聞こえるように頑張ろうと思う(別に幻聴ではないから心配しないでほしい)。
ここまでを枕にして本題を言おう。
短歌研究10月号についての感想
1.こころのじゅんびが、
短歌研究10月号を読んだときの失望と言うか、ちょっと気をつけて「夢からうろこ」をウォッチしていた高良真実さんが自信をもって通した企画だと言うから誌面を読んでみたのだけど、「この人たちはほんとにこんなことを考えていたのか」という失望を越えたかなしみがせつせつと湧いてきた。高良さんは歌が好きだと言うから、まさかとは思ったけど、高良さんをしてこう言わせるとはもう誰も期待できる「論客」がいないということになる。
そして、ああ、こういう「感じ」を所与のものとして生きてきた世代がいるんだということに自責の念を覚えた。ほんとうに無理なことだけど、ぼくは自分の傷を見つめるばかりで彼らを叱咤激励する時間がなかった。だから今回書くのは叱咤ということになる。見切ってはいないから安心して欲しい。
ぼくは「彼らには彼らの論理があるんだろう」ということで、彼らが出る歌会や批評会にはなるべくでないようにしてきた。実際調子が悪かったというのもあるし、デリカシーがないし金もないから、彼らに何も提供するものがない。ぼくが語る立場でもないし接点もないから、もっと状態がいい人になにがしかのアンサーを期待したほうが良さそう、と思って自らを抑制してきたのだ。
ところが、「彼らを真正面から見ているのはもしかすると仕事をしていないぼくだけ?」ということに最近気づいてきた。40代半ばはみんな働き盛りで、仕事をしたり育児をしたり、半端なく現実を回すのが忙しいのである。
ぼくは仕事もできず、そもそも依頼で手が回らないなんてこともないから、このPCから見るインターネットが唯一の世界かもしれない。障害年金なんてもらっているから、必然的に別の方法での社会貢献を意識するようになる。
最近目についた記事がこれだ。
ほんとうにこれはゆめではなく目からうろこだ。「喋ったり言語がうまく扱える」というだけで一番症状が軽そうに見えるぼくが、実は年金が出るほど等級が高い重症だったりするのだから、メンタルの世界はよくわからない。
だから、彼らの文章を真摯にみて意見をいうのも社会貢献(歌人という種類の人間だってきちんと社会に貢献しているという記事はもう書いた)になるのではないか、と思う。「ほっとけ」なんて言うのは忙しい人の論理だ。
一応自分なりに、このなにも役立たなそうな歌人、しかも売れない(資本主義の論理では動かない)歌人の社会的意義とはなにかを考えたことがある。売れることを目指す歌人は売れることが自分の存在証明になるけど、売れない歌人は何を目指せばいいかわからない。
以下参照
まだなにものでもない歌人たちに、
「あなたが短歌を作ったり味わうことはきちんと社会の役にたっているんだ」
と慰めてあげたいが、その理由はそれぞれの作風や目指すことで変わるはずだ。高良たちさんの文章を批判するこころのじゅんびが、必要だった。
2.今、できました
ぼくは最近感情を出すことを覚えたけども、そもそもの教育が根っからの西洋のアカデミズムで、「言語論的転回」の起源がウィトゲンシュタインやソシュールからくるなんてことは容易に想起できる。
そして高良さんたちの「口語短歌の詠嘆の研究」における「冗語と詠嘆性」をはじめとする文章が、たしかに玉城徹ら先達の歌人の発言を「よく読んだ」ものだと思う。高良さんたちはよく勉強ができる。それが唯一にして現時点で最高の「私の褒め言葉」だ。
参照する文章は二つだ。「言語論的展開」については高良さんの「夢からうろこ」を、高良さんたちの「詠嘆の研究」は「短歌研究10月号」をそれぞれ参照して欲しい。
戦後日本において「勉強」とは、西洋的な知を無批判に内面化することだと思う。大学や大学院などのアカデミズムがそうで、文献を読んでこれこれこれの整合性が、みたいなことをやる。研究者は勤勉なので、変な話「突き合わせ」だけで他を圧する仕事ができる。そういう西洋的な体系のなかで組み上がってきたのが「文学」(まさにそもそも「文学」は日本語にはなかった)研究である。
しかしあいにく、ぼくが青春を迎えていたころの日本文学のクリティーク(批評)が、こういった西洋的な「文学研究」のような価値体系の外からでてきたということを高良たちさんは知っているのか、知らないのかわからない。日本文学科では柄谷行人は注をつけてないからだめだ、小林秀雄は古い印象批評だからだめだ、という形式主義的なレッテル貼りがあちこちで行われていた。
わたしは大学の教えを守ってきれいな脚注を自分の評論につけていた。しかしこういった作業の愚鈍さは、わたし自身が身にしみてわかっていたのだ。
いくら大学での自分の研究をまとめても、おそらく柄谷行人の書いた「日本近代文学の起源」一冊にまったく叶わない。そもそも小林や柄谷などの批評家は「これとこれがどう比べることが可能で、どうむすびつくか」を考えているのだ。注なんて書いているヒマがない。そして日本において「自分でかんがえること」は、引用はこれとこれでここから、とやることではなく、果たして彼ら(この場合柄谷)は本当に自分の腑に落ちるのかを批判的に考えることでしか今のところ成立していないのだ。
柄谷はこういう現代フランス思想を「鵜呑み」するような状況を『隠喩としての建築』で「形式主義」とよんだ。
日本文学研究でも注をつけるのがひとつのスタイルなのだけど、50枚の卒論を書くのに20個もの文末脚注が必要になる。これが西洋の形式だというのだけど、その時間を考えたほうがましだと今年46歳のぼくは思う。
だから柄谷は批判したし、柄谷の意を汲むと「鵜呑みする」奴は「輸入業者」だということになる。
西洋においては「考えること」は哲学という名前で呼ばれている。哲学の仕組みがまさに「組み立て」(構築)にすごくにていて、AたすBたすCみたいに概念を足していくことに似ているからだ。
しかし日本にはそれがない。そのことが柄谷行人の『隠喩としての建築』などで繰り返し語られていたことを参照して欲しい。
わたしはいままさに「考えている」のだけれど、こういう文章を書いて、つねにみずからの型から離れた歴史家や、批評的な視座に立つ論客が短歌というジャンルには昔も今も圧倒的に欠けている(ほぼ皆無だ)。いつも「だれだれがこうこう言ってた」が記述の主眼になる。
わたしは実作者としての玉城や近藤や塚本の「いったこと」を真に受けて考えることと、三枝昂之や篠弘が「いったこと」を鵜呑みせずに考えることは同じようなことだと思っている。その観点から見ると、彼らの思考というか思考における態度の根本を見ず、高良さんはおしなべて「いったこと」をなぞっているだけのようにみえるのだ。これはまさに篠弘的な記録第一主義のダメさを受け継いでいると思う。
高良さんの文章はぱっとみ、近藤芳美、玉城徹らがこれこれこう言っていて、その伝統のあとに違う文脈で穂村弘がいて、そのあとにつづく永井祐をはじめとした三人とそれにつづく「私たち」、というふうな「短歌史的な見取り」をやった「だけ」に見えてしまう。
そして高良さんは、この「勉強」というか「無批判な鵜呑み」をあたかの自分の言葉であるかのように語っているように見える。そしてなんだか全く無批判に、いつのまにか「自分たちの短歌」がそれを継承しているように書いている。
「あ、こいつは外国語だ!」
と私は見て取る。
この感覚を見立てて言うとすると、私たちが現実の事象で疲弊して、「どういうふうな言葉を発しようか困りはててしょぼんと公園のベンチに座っている」状況を思ってみて欲しい。
そこに、突然、おそらく西洋語を話すとおもわれる、見た目が私たちにそっくりな集団が、ぺちゃくちゃおしゃべりをしながらやってくる。
「あれ、この人日本語わからないのかな」と思った瞬間、一人がどかっとわたしの隣に座る、それにつられて他の人たちも次々と座るみたいなことなのだこの特集は。
わたしはナイーブ(繊細)なので、無神経な外国語話者の振る舞いが全く理解できない。彼らは彼らで、なんでそんなにうつむいて椅子に座っているかがわからない。ただ簡単に「空いているから」みたいな感じで続々と席に座ってしまう。
しかし、いま、わたしは傷ついているのだ。
そこに無批判に、自分たちの短歌をつらつらと据えるな、ということである。私は「対人間のふるまい」ではデリカシーがないけれど、「歴史とか文学」においてはかなりナイーブな人間だと思う。
だから「だれかのあと」に「自分が座る」ということにまったく疑いのない能天気な短歌史観など、そもそも持ちようがないし、お勉強よくできましたと心無い拍手を送るだけだ。
高良さんへの批判だけもう先に書いておく。あとはのちほど公開する「かもしれない」。
複数の論点
さて、東洋的な批評の文章で私の「見立て」を述べたので、この賞で私は西洋の伝統に則って、(今は放棄した言い方になるがテクストをベースにと同義)原文に即して高良さんをはじめとしたプロジェクトチームのみなさまに具体的な批判的考察を述べたいと思ってはいる。(体力が限界だ)
一晩書いてきた。ちょっとタイムアップ気味だが、翌日他の人の文章も取り上げるかもしれない。
1.「言語論的転回」や他者の言ったことへの認識がそもそも浅いか鵜呑み。(高良さんの「夢からうろこ」)
2.「歌人の言挙げや記録」に引っ張られて歌そのものを見れていない(作品にまつわる語りのみを見て作品そのものの評価が抜ける)
(高良さんの「冗語と詠嘆性」ほか)
3.「詠嘆」という文法的「規則」をそのまま概念へ以降してあたかもそれが「前提となるルール」であるかのような語り口をしている(全員)
こういうことは列挙すると多数あるのだけれど、それは「短歌研究」の本文を引いて各人に指摘したい。各人が読んでくれるかはわからない。
1から行こう。「言語論的転回」はとても難しい話だが、もっとも大事なことだ。高良さんはこんなことを手前味噌な「夢からうろこ」で言っている。
端的に「この程度の見識なんだ」と思う。
「言語論的転回以後の世界に生きている私たちは、言葉によって感情を直接的に表現することはできません。より正確に言えば、言葉によって感情を直接的に表現できると信じることができません。」
つまり高良さんは「言葉によって直接表現された感情」というのは全部ウソなんだと感じるということだろうか。
そして高良さんは常に言葉で表現されたひとのこころに「嘘っぽい嘘っぽい」と言い続けて生きているということなのか。まあ、高良さんがシラケ世代であるだろうことは否定しないのだけど、それと言語論的転回を結びつけて考えないでほしいのだ。
「よりリアルな実感はどのように表現できるのでしょうか」
そしてそんな高良さんにおいても、リアリティが問題になる。吉川宏志さんが『風景と実感』で語った『「生々しさが足りない」と短歌として物足りないのはなぜなのか』という「問い」と同義だ。つまりこの特集は「詠嘆」という切り口から「リアリティ」について問いましたと言っているに等しい。
だったらリアリティをそもそも問わなければ良いではないか。
なぜ、「言葉によって感情を直接的に表現できると信じることができません。なぜなら、感情が言葉を生み出すのではなく、言葉という既存のもので成形することによって、はじめて感情が存在することになるからです。」
ともはや感情の存在すらも信じられないような状況の人たちが紋切り型にもほどがあるほど紋切り型な「リアルな実感」を問うのか。その問いにもはや「意義」はあるのか。
古いけど私は「こころ」がないベムのような妖怪人間たちが「早く人間になりたい」と言っているような状況にしか感じられない。
確かに永井さんたちは、「現実感がない」とか「離人症的だ」とか散々に言われて、「こいつには腸が入っていないのか」というもはやドスの聞いた脅しのようなものを年長世代から言われていたことを想起する。
当時の総合誌は、吉川さんや大松さんや島田修三さんのような年長世代の人たちが「若手はそもそも意味がわからない」筆頭という感じで、ぼくらは永井さんをそんな無理解から守ろうと暗黙の円陣を組んでいた。
ぼくが近藤芳美のリアリティのあとに、永井祐を論じたのはそのような背景だからだ。
いまの致命的な「ことばの貧困」を考えれば、そもそも永井さんを守る必要なんてなかった。
ぼくは以前、「永井さんはどうしても批判の前に褒めなければ」という留保をつけた上で、大辻さんの「てにをは派」のような「読むと単語からすぐ像を喚起する読み」ではない「解」を見つけようと必死であがいていた。おそらくその苦闘は、哲学という西欧言語の体系のなかでのみ批判的に検討したものだからそもそも無駄、という日本語のパラドックスに私は気づかなかったのだ。
高良さんはもはやそれ以前の問題だ。感情を信じないといいながら感情で言語論的転回を語っているような手合いではないか。
少なくとも自分で議論の前提を見直すくらいの「地頭」は持っていてほしいのである。
実は「言語論的転回」については私も以前から考えていたのだけど、ウィトゲンシュタインの評価はともかく、ソシュールをはじめとする「現代フランス思想」の無批判な内面化がそもそも西洋中心主義的だということを多くの「輸入業者」たちが見落としていたということを改めて思う。
ぼくは「ソシュールは漢字が読めなかったんじゃないか」という疑問をそもそも持っていて、ソシュール言語学の翻訳本を読んでも、「あれ、これアルファベットでは言えるけど漢字かな交じりの日本では言えないよな」とずっと思っていた。ラングが「lang/uage」の前のほうだなんて、いかにも表音文字の発想だと思う。だからぼくはソシュールではなくソシュール言語学が嫌いで、ソシュール言語学は輸入業者の巣窟だと学生時代から思っていた。
最近、「ソシュール 漢字 読めない」とgoogle検索したら「たまたま」おんなじようなことを考えている人が出てきて、最近の学問的情勢には疎いけど、われわれ短詩型の人間は真剣に検討するべき、と思った。
そしたら、短歌ではないけれど、より具体的な検討を俳人の南井三鷹さんという方がしているのを見て、さすが俳句の方は見立てが違うと思って読んだ。
南井さんの指摘の意を取ると、ソシュール言語学に「言語の恣意性」という言い方がある。
わかりやすくいうと「たまたま性」ということだ。わたしが「真」という名前なのも、高良さんが私の妻と同じ「真実」という名前なのも、「たまたまそうなった」で説明できる。
しかし、山と書いてこれを「うみ」とは読まない。たとえこれを「うみ」とよむにしても、「山」という漢字がわたしたちがいま「やま」とよぶ大地からつきでた高いもの、であるという「表意」は動かない。
それがわたしたちが「姿」や「体」という漢字に託してきた表意文字が「たまたま」ではない理由である。ソシュール言語学には漢字がない。というか表音文字の前提しかない。これが、わたしのいまの「考え」である。
歌の議論どうこうよりまず高良さんは前提から根本的に再考すべしと思う。
より文学的な表現でいえば
「後生だから、もう一度もう一度考え直しておくれよ」
ということだ。
リアルをこれ以上問う道には、もう答えはない。縮小再生産された問いが残るだけだ。
広く他ジャンルを横断的に見る視点を養えば、おのずと短歌の必然性はみえると、私は考える。
これ以降はどう感じたかという総論より、より各論的な視点だ。
あるかどうかわからない次回に譲りたい。
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