【ミステリ小説】セイレーンの謳う夏(13)
(本作の短編バージョン「夏の終わりのマーメイド」は完結していますので、ラストを知りたい方はぜひ! )
(あらすじ)民宿兼ダイビングショップ『はまゆり』でバイトする(顔のない)ぼくは、お客さんが不思議な生き物と遭遇したことを知る。
『はまゆり』美人姉妹の妹、夢愛(ゆめ)さんは鋭い推理力の持ち主。ぼくはそんな夢愛さんが、駅前で男と言い争うのを目撃する。
八月の最終金曜日午前――
翌日の金曜日は、龍ヶ崎で行われるダイバーズ・フェスティバル準備のためぼくらは、「遊泳監視」、「水中ゴミ拾い」、「駐車場の整理」のどれかを担当することになる。
物語は、3つに別れたぼくの視点で語られる。
「遊泳監視」を担当したぼくは、龍ヶ﨑突堤に駐まっている不審な車を調べに向かう。
『カモメ荘』バイトである「もーやん」と共に車のところに行き、車内に倒れている人を見つけた。
しかし、救護員を連れて車に戻ると中の男は消えていた。
「水中ゴミ拾い」を担当したぼくは、自分の病気である「相貌失認」について思いを馳せる。
潜りながらゴミ拾いするぼくの耳に、携帯プレーヤから助けを求める声が聞こえ、ぼくの目の中に、人魚の姿が飛び込んできた。
くじ運の悪いぼくは「駐車場整理」に割り振られた。
その後夢愛さんと遭い、モノフィンを使って海を泳げば、脚の悪い夢愛さんでも、短時間で湾を行き来できるトリックを見抜いた。
3つの視点から得られた情報から、物語の謎が解かれていく。
8月最終金曜日、ぼくは夢愛さんに請われて、彼女のお母さんの
お墓参りの運転手を務めた。
その帰り道、竜ヶ崎神社に立ち寄ったぼくたちは、ドローンを見た。
ぼくはドローンの操作者が、盗撮を目論んでいたことを見破る。再度沼の上を飛ばせたドローンには、あるモノが映し出された。
事情聴取ののちに『はまゆり』に帰ったぼくらは、お客さんのひとりが失踪したことを告げられる。
失踪したのは、三人娘のひとり野々宮みさをさんだった。
翌日、ぼくと夢愛さんは駐在所に出向き、龍神池で溺死体を見つけた経緯を聴取された。
夜中に夢愛さんに叩き起こされたぼくは、もーやんも加えた3人で事件を検討した。
夢愛さんは、竜ヶ崎神社で見つかった男が永遠さんの元旦那であることを告げ、DVの前歴で接近禁止命令を受けていたことを知る。
失踪した野々宮さんの水中形態プレーヤを調べたぼくは、音源に重なって「タスケテ、ガッコウ」などの声が、録音されていたことを突きとめた。
8 人魚の歌声(続き)
カーラジオからは龍神池で見つかった遺体について、警察は事故もしくは事件の可能性も視野に入れて、慎重に捜査しています。という常套句が流れた。
紅葉には早いが、山々は秋めいてドライブ日和だ。助手席の夢愛さんが、文句をつける。
「気の利いたBGMはないの?」
いつものミニバンを借りているのだが。
「ぼくの車じゃないので」
「気の利かないやつ」
ついてきて欲しい、などと言った覚えはありませんが、との言葉を呑み込む。うっかり口にしようものなら、倍の悪態が返ってくるだろう。
「アタシの口添えで休みがもらえたこと忘れないでね」
はいはい。感謝しております。
Tシャツにタイトなジーンズがよく似合っている。ぼくと並ぶと不釣り合い極まりない、とは自覚している。
ナビゲータに入力した住所では距離的には一時間程度の道のりだが、渋滞に捕まったため、裏道を抜け二時間ほどでやっと高速を降りることができた。
腹減った。お腹すいたよう。夢愛さんがだだをこね始める。
そう言えば、朝からなにも食べてない。バーガーショップのドライブスルーで妥協してもらうことにする。
夢愛さんは細身なのに、気持ちよくがつがつと季節限定バーガーを頬張ると、「いらないの? 好き嫌いはよくないよ」
ぼくの注文分にまで手を伸ばした。
「永遠ちゃんのこと考えても仕方ないよ」
「どうして?」
「顔を見ればわかるもんなの」
だとしたらぼくには一生そんなことはできない。
人の気持ちを理解できないから、友だちになったり、恋愛したり、そんなことができないのだろうか? 不安になってしまう。
「あの……」
話しかけると、寝息が聞こえてきた。ぼくは苦笑した。
永遠さんの想いびとは、御子柴さんだった。確かにお似合いだと思う。
これがふつうの状態ならば、祝福して終わりなのだが。
世知に長けたもーやん情報によると、加納氏の死因として他殺の可能性が疑われているらしい。
情報源は、元の漁労長である淸水さんだった。
「警察から聴取されたらしいけど、逆にいろいろ訊き返して迷惑がられてるらしい」もーやんによると、「加納さんの死体検案書に添えられる解剖報告書の案では、肺胞内に水分が移行して循環血が増加しており、ナトリウム、マグネシウム、塩素などの電解質が減少している。
また溶血の所見もある。
一方で胃内や十二指腸などへ入り込んだ溺水は塩分濃度が高く、海洋性プランクトンがみられ・・・・・・」
どうやってここまで詳細に知ったのだろう? 警察のセキュリティは大丈夫か?
要するに彼が溺死したのは、海水中ということだ。
伊豆七不思議にあるように、龍神池は海とわずか二十メートルほどしか離れていないが、その水質は淡水だ。
かなり早い段階で警察は死体遺棄、つまり彼が別の場所で死んだ後に、誰かの手で発見場所に運ばれた可能性を疑っていたようだ。
刑事部捜査課の助さん格さんが初動に当たったのも頷ける。
死体には頭部や脚に外傷があり、生体反応があったことから生前についた傷と見られる。
何かの争いごとに巻き込まれ、海に落下して溺死もしくはショック死したのち、肺に海水が浸潤した。
ミステリに出てくる死亡推定時刻だが、
「胃の内容物は、消化されてたみたいや。
けど被害者がいつ食事を獲ったかわかっとらんし、永遠さんによると、もともとアルコール発酵で生きてた人らしい」もーやんの調査は生々しい。
「血中から微量のアルコールが検出されてる。朝の運転時に酔っ払ってた可能性もあるな。
硬直が末梢に及びかけてて角膜の混濁も始まっているから、死後六時間から二十四時間くらい経っている可能性がある。
現場に運ばれたのは発見の直近かもしらん。
死斑が背側にあるから、それまで仰向けに寝かされてた可能性が高い。結局死後五~六時間から二十四時間くらいの幅のある推定しか、今のところはできんらしい」
先のもーやんの推理、というか想像では、永遠さんと復縁したがっていた加納氏が、現在の恋人のところへ押しかけて返り討ちにあった可能性がある、ということだった。
ということは、御子柴さんが疑われる立場になるということだ。
しかし、最後に生きている加納さんがぼくに目撃されたのは、発見日である金曜日の午前中で、御子柴さんはダイビングでほとんどの時間をツアー客と共に過ごしていた。
なるほど、ぼくの目撃証言が結構重要なアリバイ要素になるということだ。
ぼくの目撃情報は、本当に偶然の産物なのか?
要するに加納氏の生存時刻に作為がなかったか、という点まで格さんは初動の段階で疑っていたわけだ。
ただ、あの日ぼく自身でも、どこに配置されるかわからなかったのだから、加納氏を見かけたのは偶然以外にありえない。
すなわち御子柴さんは、加納さんの死に関与している可能性から除外される。
*
高速を降りて、広い国道から住宅街の細い道に入った。
富士山が見えるかどうかで地価が変わると聞いたことがある。その意味では高価な一角になるのだろうか。
ナビゲータが、目的地が近づきましたと甘い声で囁いた。
「起きてください」
助手席で熟睡モードの夢愛さんを揺り起こす。そもそもなんで彼女がいるのか、よくわからないのだが。
夢愛さんは、ふわーと伸びをして、「ここ、どこ?」
「野々宮さんの住んでいるマンションです」
八階立てで大理石調のエントランス。
オートロックがあるため、インターホンで呼び出して玄関ロックを解除してもらうか、専用キーを使わないと棟内に入れない。
社会人一年生にしては、良いマンションに住んでいる。女性の一人暮らしだから、セキュリティが確かなマンションを選んだのだろう。
ぼくは監視カメラを意識しながら、郵便のボックスを確認する。結構怪しげなふるまいだ。
まぁちゃんから聞いた、彼女の部屋は四階になる。
「四〇四号室」
「縁起の悪そうな番号ね」
「誰かいると思います?」
彼女が何かの事情でこっそり帰宅している可能性はないだろうか、と思ったのだ。
「メールボックスに、残暑見舞いが入ったままになってる」
該当する部屋を外から眺めるが、窓にはカーテンが掛かっていて中の様子はわからない。
「中に誰かいるかどうか、確認したいのね? じゃあ少し待ってて」
通りの反対側にバンを駐めてから二十分ほどで、宅配ピザのバイクが駐まるのがみえた。
行ってくるね。
夢愛さんは手を振って車を出ると、ピザの配達に来たお兄ちゃんに何か声を掛けながら一緒に中へ入っていった。
しばらくしてエントランスホールに通じるロックを、彼女が中から開けてくれた。四階でエレベーターを降りると廊下が延びている。
各室のドアにも、テレビドアホンが付いていた。
「ごめんください」
声を掛けながらドアホンを押すが、返事はなかった。
「やっぱり、いないみたいね」
だが、誰かがこちらを見ている気がした。相貌失認のぼくが感じるはずのない”視線”を感じたのだ。
(「セイレーンの謳う夏」(14)に続く)
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