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【ミステリ小説】セイレーンの謳う夏(15完)

(本作の短編バージョン「夏の終わりのマーメイド」は完結していますので、ラストを知りたい方はぜひ! )

(あらすじ)民宿兼ダイビングショップ『はまゆり』でバイトする(顔のない)ぼくは、お客さんが不思議な生き物と遭遇したことを知る。
 『はまゆり』美人姉妹の妹、夢愛(ゆめ)さんは鋭い推理力の持ち主。ぼくはそんな夢愛さんが、駅前で男と言い争うのを目撃する。
 
 八月の最終金曜日午前――
 翌日の金曜日は、龍ヶ崎で行われるダイバーズ・フェスティバル準備のためぼくらは、「遊泳監視」、「水中ゴミ拾い」、「駐車場の整理」のどれかを担当することになる。

 物語は、3つに別れたぼくの視点で語られる。

 「遊泳監視」を担当したぼくは、龍ヶ﨑突堤に駐まっている不審な車を調べに向かう。 
『カモメ荘』バイトである「もーやん」と共に車のところに行き、車内に倒れている人を見つけた。
  
 しかし、救護員を連れて車に戻ると中の男は消えていた。

「水中ゴミ拾い」を担当したぼくは、自分の病気である「相貌失認」について思いを馳せる。 
 潜りながらゴミ拾いするぼくの耳に、携帯プレーヤから助けを求める声が聞こえ、ぼくの目の中に、人魚の姿が飛び込んできた。
 

 くじ運の悪いぼくは「駐車場整理」に割り振られた。 
 その後夢愛さんと遭い、モノフィンを使って海を泳げば、脚の悪い夢愛さんでも、短時間で湾を行き来できるトリックを見抜いた。

 3つの視点から得られた情報から、物語の謎が解かれていく。

 8月最終金曜日、ぼくは夢愛さんに請われて、彼女のお母さんの
お墓参りの運転手を務めた。
 その帰り道、竜ヶ崎神社に立ち寄ったぼくたちは、ドローンを見た。
 ぼくはドローンの操作者が、盗撮を目論んでいたことを見破る。再度沼の上を飛ばせたドローンには、あるモノが映し出された。

 事情聴取ののちに『はまゆり』に帰ったぼくらは、お客さんのひとりが失踪したことを告げられる。
 失踪したのは、三人娘のひとり野々宮みさをさんだった。
 翌日、ぼくと夢愛さんは駐在所に出向き、龍神池で溺死体を見つけた経緯を聴取された。

 夜中に夢愛さんに叩き起こされたぼくは、もーやんも加えた3人で事件を検討した。
 夢愛さんは、竜ヶ崎神社で見つかった男が永遠さんの元旦那であることを告げ、DVの前歴で接近禁止命令を受けていたことを知る。
 失踪した野々宮さんの水中形態プレーヤを調べたぼくは、音源に重なって「タスケテ、ガッコウ」などの声が、録音されていたことを突きとめた。

 龍神沼で遺体で見つかった永遠さんの旦那は、復縁を臨んでいた。現在の恋人御子柴さんのアリバイは、相貌失認のぼくの証言にかかっていた。
 ぼくは夢愛さんと、失踪した野々宮さんのマンションを訪ねた。
 その後ぼくらは野々宮さんの携帯携帯プレーヤの言葉に従い、昔の小学校を訪ねる。何者かに頭を殴られて、意識を失ったぼくは講堂に閉じ込められ、火事に巻き込まれる。
 危ないところでぼくと夢愛さんを助けてくれたのは、もーやんと御子柴さんだった。

 N市の中央医療センターで救急治療を受け、明日念のためCTを撮るから泊まっていけ、と言われた。
 そう言われて、幸い空きのあった個室ベッドに横になっても、目が冴えて眠ることなどできやしない。
 さっきまで居た夢愛さんは、軽い火傷の治療を終えて帰って行ったので、ぼくはもーやんに懇願した。

「帰るなんて言うなよ」
 そう言われても、病院の規則がな。と渋るもーやんに重ねてお願いした。
「寝られない。なにかお話を聞かせて」
 もーやんは、にやりと笑う。なるほど、これが笑み。嬉しい感情の表出か。

「何から説明しよか?」
「ぼくらが、あの学校にいるとなぜわかったの?」
「別に、キミらを探してたわけやない。
 ぼくが用事があったのは御子柴さんで、御子柴さんが追ってたのが犯人やったから、数珠つなぎになってあそこに到着したんや」
 訊くのが怖かったが、どうしても急いで確認したいことがあった。

「野々宮さんは?」
「無事保護された。この病院で同じように検査入院してる。怪我してるわけちゃうから、明日にも会えるやろ」
 ぼくは、ほっと胸をなで下ろした。もう陰惨なことは願い下げだ。
「犯人は?」
「御子柴さんに連れられて、警察に行った」

 Where? ではなく、Who? を訊いたつもりだったのだが。まあ、いいか。大体想像はついている。
「犯人はなぜ、あの学校にいたのだろう?」
「ちゃうよ」もーやんが否定した。「犯人はキミらのあとを尾けてたんや。そしたら誰もおらん廃校に入っていくから、チャンスと思て暴走したんやね」

 もーやんが、仕方ない、という風を装い、実は話したくてたまらなかった事件の概要を話し始めた。
「まず、アリバイ工作のためにキミが目撃者として選ばれた理由がやね」
「事前に、加納氏を見たことだね」
 夢愛さんと加納氏が言い争っているのを見た、と永遠さんに言ったことがあった。それが犯人に伝わったのだろう。

「加納氏を知ってはいるけど、詳しくはない。偶然の目撃者に仕立てるには、絶好のターゲットやったんや」
「でも、わからない。フェスの手伝いはくじ引きで決めたから、ぼく自身どこに配置されるかわからなかったのに、どうやって偽の加納氏を目撃させたの?」

 もーやんはおもむろに、トランプのデッキを取り出すと、起用な手さばきでシャッフルし始めた。
「適当なとこで、ストップ言うてみ」
 ぼくが声を掛けると、そこで手を止めて一番上のカードを表にする。ハートのエースだった。

 もう一度同じことを行うと、またハートのエース。
「ここで、ぼくらはハートで結ばれてるね、言うたらナンパには効果絶大やで」
 効果絶大でないのは、いまだ彼女がいない彼が自ら示している。

「フォースいう技や」
「スターウォーズでジェダイが使うやつだね」
「そうそう、理力(フォース)を使うんだルーク、ってなんでやねん」
 関西名物ノリツッコミをやってくれた。
「思った通りに相手の行動を操る強制力いう意味や。これは手先のトリックやけど、心理的なフォースもある」

 もーやんはトランプの中から、五枚のカードを選び出した。ハートのA、K、Q、Jにジョーカー。
「どれでもいいから、一枚を頭に思い浮かべて」
 OK?
「選んだカードはどれ?」
 ぼくはAを指さした。

「やっぱり、キミはエースを選ぶ思ってたね。相性ぴったりや」芝居っ気たっぷりに言うと、
「実はAを選ぶとわかってたんで、あらかじめ蒲団の下にペアカードを置いてました。見てください」
 ぼくがベッドの架台と蒲団の間をまさぐると、スペードのAが出てきた。
「どうやったの?」

「手品でも何でもない、単なる話術やね。もし、選んだカードがKやったらこう言う訳や」
 ベッドサイドの引き出しの中に。
 Qやったら、また別の場所や。要はそれを覚えておくことだけ。結局、どのカードを選んでも予言は達成される。

「もーやん」ぼくは感心した。「ぼくが寝ている間にタネを仕込んでおくなんて、マメだね」
「前にも言うたやろ。ボクらブ男がもてるためには努力せな」
「結局、ぼくはどの担当区域にいても偽の加納氏を目撃するよう仕込まれていたんだね」

 パラレルワールドに三人のぼくが存在したとしても、必ず偽の加納氏を目にするよう仕向けられていた。
 あの日の加納氏の目撃は”偶然”ではなく、限りなく”必然”に近いものだったのだ。
「バイトの担当区域は、たった三カ所やしな」

「彼が持っていたスマホは?」
「加納氏は三種類のスマホを持ってた。旧型のiPhoneと新しいiPhone、それにアンドロイド端末。意外にマメに公私用に使い分けてたようや。
 三カ所にそれぞれのスマホを置いといて、そのなかの一台を偶然のように拾わせることにしたわけや」
 そのあたりも、永遠さんに愛想を尽かされた一因なのだろう。

「そうやって午前中に加納さんが生きていたような細工をした。その理由は……」
実際に彼が死んだのは、早朝だったからやね。彼が亡くなった事情は今は置いといて、死体は一時的にある場所に保管しておいた」
「ある場所って?」
「『はまゆり』のミニバンの後部ラゲッジスペースに、寝袋に氷を詰めて入れておいたんや」

 ぼくは絶句する。
「だって、あれは金曜日にはぼくらが使ってたんだよ」
 夢愛さんに頼まれてお墓参りに行った。そのときすでに、あのバンの後部に遺体があったというのか?
「御子柴さんも仰天したろうね。死体を入れておいたバンが走ってるのを見て」

 ぼくらはダイビング帰りの御子柴さんたちに遭ったあと、龍ヶ崎神社にバンを駐めてドローンを追い始めた。
「そのとき、後部から遺体を出して池に投げ入れた。きわどいタイミングやったけど、ナンバープレートの後ろに予備のキーを貼り付けてるのを知ってた、御子柴さんだからできたんや」

 死体の運搬には、ぼくらが知らずに協力したことになるわけか。
 遺体を発見したのちにバンを運転した帰り、後部の重量が軽くなっていた。だから車の慣性を読み違えて車体を擦ってしまったのだ。
「犯人たちはアリバイを確保して安心していたところが、思わぬ齟齬が招じた。なんと、肝心の目撃者が”相貌失認”だとわかったんや」

 またしても、ぼくせいか。
「野々宮さんは、そのせいで拉致されたの? でも、なんで彼女はぼくのことを知ってたんだろう」
「まだ思い出さない?」
 ぼくは頭をひねってみる。彼女の顔はわからないにしても、仕草や声になにか手がかりはなかったか?

「彼女は、子どもの時の唯一の友だちだった、と言ってたけど」
 旧講堂で殴られたときのような電撃が走った。
「まさか、ソウ君?」
『操』という同じ字で『みさお』と読ませることにしたらしいね。性同一性障害やったんやな」
「どっちが、本当の性だったの?」
「生まれたときは男だった。早めに処置したほうが良いということで、中学で第二次性徴が始まる前に手術したようや」

 転校を繰り返したのは、そのせいか。
「最初は父方に引き取られたけど暴力行為があって、母方の野々宮を名のるようになった、言うてた」
 ソウ君には、体に痣があった。たぶん彼/彼女も周囲の無理解と戦わされていたのだろう。

「キミのことは、『はまゆり』のホームページに出てた写真で知ったらしいね。思い出してもらえるよう、手の込んだ仕掛けをした携帯プレーヤまで準備して、小学校を暗示したらしいけど」
「そんな手の込んだことをしても、思い出せないに決まってるよ」
ヒントを書いた手紙を友だちに託して渡した、言うてたけど、心当たりない?」

 あっ、と思った。
 そう言えば、松島さんことまぁちゃんからお手紙をもらっていた。すっかり忘れてたけど、あれがソウ君からのヒントだったのか。
 まぁちゃんはダイブのときからずっと秋波を送ってきてたから、てっきり彼女からの恋文と思ってしまい込んだままにしていた。とんだ自惚れだ。

「結局、野々宮さんことソウ君は、ぼくに何を訴えたかったのだろう?」
 もーやんは首を振る。「それは、ボクが立ち入ることとちゃう気がする」
 子どもの頃、相貌失認でイジメを受けていたぼくの唯一の味方は、ソウ君だけだったが彼/彼女もまた境遇を同じくする者だったのか。
 ぼくは自分のことで精一杯で、彼の慰めにはならなかった。

「手紙はあとで読んで、内容は胸に納めておくことにするよ」
 セイレーンの悲しみ。
 理解されぬだろう想いを受け止められるのは、同じように先天的な疾患に悩むぼくくらいしかいないのかもしれなかった。
「人魚をみせたろか」
 もーやんが唐突に言った。

 彼は黒いシルエットが書かれた図柄を手にとって、ぼくに見せた。
「これをじーっ、と見つめてみ」ええか?「視線をさっと壁の方に移して」
 あっ、と思った。
 白い壁に人魚の姿が映る。
「見えたか?」

 残像現象。
「結局、ひとの心ほどわからんものはないわな。人の行動の結果は残像でしかない。本心を隠した末のな。
 けど心の奥に潜んだ本当の答えは、見方を変えると案外目の前にぶらさがっとるもんや」
「犯人は、サブちゃんだったんだね」
 もーやんは頷いた。
「もう行くわ。あまり長居しても怒られるから」

 事件の再構成をして、細かいところを捕捉しておいたほうがいいだろう。
 事件当日の金曜日、朝の六時半に加納氏は車で東の﨑に入った。そこからは永遠さんの居る『はまゆり』が対面に見える。
 彼は、夢愛さんに向けてメールを送り、辺りをぶらぶらしていた。
 そこで彼にとって予期せぬ事態に遭遇する。

 夜釣りに来ていたサブちゃんこと、原田三郎君とテトラポットのある外海側で些細なことで口論になった。
 足を滑らせて海に転落した、というのがサブちゃんの自白だ。本当に事故なのか、暴力行為があったのかはわからない。
 その日の早朝にあの場所で釣りをしていたのは彼だけで、他に目撃者がいないのだから。

 喧嘩相手をなんとか海から引き上げたが、すでに意識はなかった。動転した彼は、携帯で御子柴さんに相談した。 
 御子柴さんがこの件に加担したのは、加納氏が龍ヶ崎に来た理由が自分と永遠さんの仲の発展によるもので、それがなければ事故は起こらなかったと思ったからかもしれない。

 すぐにミニバンで駆けつけた御子柴さんは、氷を入れた寝袋に死体を入れてバンの後部ラゲッジスペースに隠したのち、とにかくその日は生きているように見せかける仕込みをすることにした。
 目撃者としてぼくが適任だと考えたのは、もーやんが考えた通りだった。

 ぼくがフェスの応援で行くはずの「駐車場」、「遊泳監視」、「水中ゴミ拾い」の三種類、三カ所にフェイクの加納氏を出現させ、三カ所に彼のスマホを仕込んで拾うように仕向けた。

 東の﨑では、加納氏の服を着て腕にタトゥーをマジックで書いたサブちゃんが、赤い車の運転席で俯せていた。
 ぼくが「駐車場整理」に当たったら、そこで目撃するように仕向け、そのあと彼は漁協に出勤してアリバイを確保する。

 ぼくの胸が痛むのは、永遠さんもぼくに偽の加納を目撃させる芝居に加担していたことだ。
 加納氏は優男だったので、ウイッグやサングラスを付けることで、永遠さんなら仕草をまねすることができた。
 彼女が男装して西の突堤に待機し、ぼくが「水中ゴミ拾い」に当たったら加納氏をそこで目撃するようにした。また「遊泳監視」のあと、倉庫の裏で加納氏を見たように錯覚させることもできた。

 実際はシナリオ通りにはいかなかった部分もあったろうが、予定とは異なる経緯の下ではあっても、ぼくは午前の時間帯に加納氏を”偶然”目撃し、サブちゃんと御子柴さんのアリバイが成立するはずだった。

 ところが、午後のダイブのあと、御子柴さんは驚愕することになる。
 ぼくと夢愛さんが、死体を隠していたミニバンに乗って龍ヶ崎神社に向かうのを見たためだ。
 慌てて尾いていくと、ぼくらは車を置いてドローンを追いかけに行った。
 千載一遇の好機とみた彼は、ナンバープレートの後ろにガムテープで貼り付けていた合い鍵で後部スペースを開け、死体を龍神池に投げ込んだ。

 こんなに速く発見されるとは思わなかっただろうが、いずれにしても死亡時刻がやや曖昧になる程度の時間をおいて発見させないとアリバイの意味がなくなるので、むしろ僥倖だったかもしれない。

 ところが、思わぬ出来事はサブちゃんのほうも襲っていた。
 気分がすぐれないのでダイビングをキャンセルした野々宮さんが、サブちゃんの操船する遊覧船に乗ってきたのだ。
 そのときは他のお客さんもいたのだが、美人の野々宮さんをナンパしようとしたサブちゃんが、目撃者に仕立てた『はまゆり』のバイト(ぼくのことだ)が、実は相貌失認であることを何かのきっかけで聞いてしまったのだ。

 これでは、証人として役に立たないかもしれない。
 ここからサブちゃんの暴走が始まる。彼は乗客を降ろしたのち、野々宮さんを呼び止めて船内に監禁した。すぐに危害を加えるような度胸もなかったが、ぼくの相貌失認のことを話されると困る、と思ったらしい。

 翌日、野々宮さんのマンションで彼女が失踪したように偽装しようとしていた彼は、ぼくと夢愛さんが訪ねてきたところと、危うく遭遇しそうになる。ぼくがあの場で「視線」を感じたのは間違いではなかった。
 彼はぼくらを尾行し、廃校に入ったので好機到来とばかりぼくらを講堂に閉じ込め、火を放ったのだ。

 御子柴さんはサブちゃんの暴走にうすうす気づいていた。
 野々宮さんの失踪について、彼が関与していると睨み、事情通のもーやんから情報を得ようといろいろ尋ねたため、逆にもーやんが御子柴さんに疑念を抱くことになる。

 サブちゃんの行動に危惧を抱いていた御子柴さんが彼を尾行し、その御子柴さんをもーやんが追いかけて、奇跡のように一同が廃校に集合することになった。
 そのあと、サブちゃんがぼくを殴り倒して火をつけるのを見た御子柴さんともーやんが、協力してぼくらを助けてくれた、という流れになる。

 細かいところに多少の間違いはあるかもしれないが、これが一連の流れだった。まさにセイレーンがぼくらを惑わしたとしか思えない。
 御子柴さんと永遠さんは自首したが、ふたりが、どのような罪に問われるのか、あるいは問われないのか、ぼくにはわからなかった。

 龍ヶ崎フォトコンの結果が、WEBで発表された。応募総数六百点以上のなかから、六点の作品が入選となった。
 当然ながら、ぼくの作品は入賞しなかった。
 グランプリに輝いた写真は構図、テーマとも申し分なく、それが救いだった。

「永遠ちゃんは、本来悪いひとじゃない」
 夕陽が落ちるのを西の突堤に腰掛けて眺めながら、人魚姫はそう言った。
 ぼくは彼女が咥えていた煙草を取り上げ、軽くビンタして、
「健康によくないから止めろ!」と言った。
 そして予想通り、倍返しのビンタを喰らった。

 彼女の手首にあるドルフィンのブレスレットは、ハワイでは恋愛成就の祈願に使われるモチーフだそうだ。
「もうひとつだけ教えてください。何でモノフィンの練習なんかしてたんですか? まさかこんな事態を予想していたわけじゃないでしょう?」

 目撃情報から考えると、夢愛さんがモノフィンの練習を始めたのは一ヶ月ほど前頃になる。
 こんな事態を予想していたわけはないだろう。なぜ彼女は?
 東の突堤まで・・・・・・
 夢愛さんは言った。薔薇のタトゥーが赤くなっている。

「東の突堤まで泳げたら、スキューバを教えてくれるって言ったじゃん」
 風が吹いてもやが別れ、裏手に当たる東の崎の輪郭が徐々に見えてくる。そう言えば、初めて会ったときそんな約束をしたような気がする。
 なるほど、答えは目の前にぶらさがっていた。
 
「そんなこと言いましたか?」
「言った」口をとがらせて、「今なら泳げるわ。教えてよ」
「教えてくれる人は、ほかにもいるでしょうに」
 にらんでいる。こわい。根負けした。

「モノフィンを使うのはフェアじゃないなあ」ぼくは言った。「でも努力は認めます。明日から練習しましょうか」
 夏の終わりの星の下、人魚姫は「綺麗な笑顔」で頷いた。
                                     (了)

#小説 #創作 #青春ミステリ #アリバイ #本格推理 #変格推理

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