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【映画の噺#2】「パンズラビリンス」は現実 or 幻想?
「パンズラビリンス(原題: El laberinto del fauno, 英題: Pan's Labyrinth)2006年 米、スペイン、メキシコ」は、『むかしむかし、地底の世界に病気も苦しみもない王国がありました』というおとぎ噺から始まります。
そして、現実とおとぎ噺が交錯する世界で、懸命に生きる少女の姿を描いていきます。
厳格過ぎる義父によって、少女は空想に生きるようになります。リアリティをもって迫ってくる別世界は、果たして本当にあるのか、それとも少女が現実逃避のために組み上げた空想世界なのか?
(ネタバレなしですが、途中までは踏み込みますぞ!)
(Image Source=https://thestatetheatre.org/events/pans-labyrinth/)
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「パン」とは?
タイトルの「パンズラビリンス」とは”パンの迷宮”という意味。
「パン」とは、ギリシア神話に登場する牧羊神のこと。ただこの作品のパンには、「羊の角」をもつ悪魔のイメージもある、とのこと。
主人公である11歳の少女オフェリアの寝室に、窓から虫の妖精が飛び込んでくる。
妖精は彼女を、迷宮の守護神である「パン」に引き合わせる。
パンはオフェリアに、彼女がモアナという地底世界の王女の生まれ変わりだ、と告げる。
そして、本当に王女の生まれ変わりであることを証明するため、三つの試練をクリアするよう命じる。
現実世界の辛い状況を抜け出すため、ファンタジックに与えられたチャンス! すでにこの当たりから、これは現実なのか、少女が現実逃避で夢見る幻想なのか、という問題が見え隠れしている。
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物語の背景
物語は、内戦後のスペインを舞台にしている。
内戦によって仕立屋だった父を亡くした少女、オフェリア。彼女の母は美人だが主体性がなく、再婚相手の大佐の言いなりになっている。
大佐は、自分の血筋を残す男の子を得ることに執着し、オフェリアには関心がない。
スペイン内戦は、1936~1939年にスペインで起こった戦いで、左派政権と右派の反乱軍が戦って右派が勝利し、ファシズムの台頭を許した。
ただ日本人が思うほど、対立の構図は簡単ではない。
物語世界では、しばしば左派が美化されている。
しかしスターウォーズでは、スカイウォーカーの活躍で共和国側が勝っても、次のエピソードでは常に窮地に立っている。
理想主義の左派は、味方同士のいざこざが絶えなかった。だからスペイン内戦でも負けた。
ギレルモ・デル・トロ監督は、キャラクターをステレオタイプに造形しているので、ストーリーはわかりやすい。
ファシストで厳格な義父とその言いなりの母のもとで、日々重苦しい思いに囚われている想像力豊かな少女。
そんな彼女は、パンとの遭遇によって活路を見出す。
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空想癖のある少女
オフェリアは、パンに言い渡された3つの試練に挑んでいく。
ひとつめの試練は、大木の根元に棲む大ガエルを退治して黄金の鍵を得る、というもの。
オフェリアは結構ゆるくて、重苦しい現実から脱出できるかもしれない試練に対しても、厳格な義父に対してもそれほど真剣ではない。
これはクソ真面目な日本人と、ラテン気質のスペイン人の国民性のちがいによるのかもしれない。
オフェリアがパンの試練をこなしていくのと並行して、彼女の身辺にも変化が訪れてくる。
彼女のゆいいつの味方は、母親ではなくお手伝いの若い女性メルセデスだった。しかしメルセデスもまた、秘密をもっていた。
同監督がスペイン内戦時代を背景とした作品として、パンズラビリンスに先立つ「デビルズ・バックボーン(2001年)スペイン」がある。
パンズラビリンスの原型と言ってよく、テーマをいかに作品に落とし込んでいくか、の過程がわかる。
トロ監督は、シリアスなものからエンタメ色濃い作品まで作風が広いが、スペイン内戦を時代背景にもつダーク・ファンタジーが、頭ひとつ抜けているようだ。
いかにもオタクと言った風貌のトロ監督は、見た目通りのオタクである。彼がもつ日本アニメに関する造詣は、日本人よりも深い。
そのオタッキーなこだわりは、パンズラビリンスに登場する異形の怪物たちの造形にも現れている。
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リドルストーリーってなに?
パンズラビリンスは、現実世界なのかオフェリアの空想なのか、解決を押しつけずに人によって、いかようにも解釈ができるような作りになっている。
だからネットでは、象徴などを手がかりに様々な意見が飛び交っている。
しかしその余韻は中途半端なものではなく、胸を打つ感動がある。
このように、読者視聴者に解決を委ねる物語は「リドルストーリー」と呼ばれる。その代表的な作品は「女か虎か?(1982年)F・R・ストックトン」という短編小説だ。
「女か虎か?」は、王女と密通した若者が処刑される話。
若者は民衆が集まった闘技場に引き据えられて、場内のふたつの扉のどちがらかを選ぶよう迫られる。
ひとつの扉の向こうには、腹ぺこ虎がいてそちらを選ぶと食べられてしまう。
もういっぽうには美女がいて、赦免のうえその美女と結婚できる。
まさに天国か地獄か。バラエティの罰ゲームの比ではない。
若者と密通した王女は、彼のために情報を集めて、どちらが虎かをつきとめる。
闘技場で若者が見上げると、王女は片方を指し示す合図を送る。
さて・・・その示す方とは?
リドルストーリーは、ただ解決を読者に委ねるのではなく、さまざまな伏線を配して読者を翻弄するものだ。
王女の立場としては、若者が○を引き当てると別の女に恋人をとられることになる。それでは切ない。かと言って虎に食わせてしまい、永遠に自分だけのモノ、とするのもどうか?
王女はどちらを示すサインを送ったのか? 若者はどちらを開け、虎と美女のどちらを得るのか?
考えれば考えるほど、読む者・観る者の心はラビリンス(迷宮)に囚われてしまう。
結局、試されているのは物語の登場人物ではなく、視聴者なのだ。
いかにもオタクの鑑、といった風貌のトロ監督が、このような哀切極まりないストーリーを練り上げるとはオドロキです。
オタク恐るべし。
トロ監の作品には、ロボットアニメをまんま実写化したような「パシフィック・リム(Pacific Rim)2013年米国」があります。ちなみに、敵は”KAIJU(怪獣)”です。
トロ監はこの作品を「モンスターマスター、レイ・ハリーハウゼンと本多猪四郎(ゴジラの監督)に捧ぐ」としており、日本オタクの感涙を呼びました。
オタクに国境なし!
#パンズラビリンス #ギレルモ・デル・トロ #オタク #パシフック・リム
#スペイン内戦