【連作ショートショート】雪ん子(Re-boot5)
自作のSFショートショートを、AI(Midjourney)に読み込ませ、画像生成したRe-bootバージョンです。
「【連作ショートショート】しゃぼん草の夏(Re-boot4)」の続きになります。
美人だけど性格の悪い上司の、悲しい過去の話。そして新たな進化の波が・・・
*
スクリーンに見とれているうちに、少女のなかに何かの記憶が蘇ってきたようだ。
映写技師は、その表情の変化を見逃さなかった。
「なにか、思い出してきたかい?」
劇場には、もうひとりも人影はなかった。
#5 雪ん子
秋のないこの第三惑星には、すでに冬の気配が訪れている。
フィールド調査から帰ると、まず雪の粉を落としてからウインドシャワーを浴びなければならない。
屋外調査用のつなぎから室内着に着替えて、自室であるベース・ラボの研究室に入ると、呆然とする光景が広がっていた。
「また、やられた!」
机上にはファイルが散乱し、記憶キューブが積み重ねられている。
いっぽうで、旧式のモニタ画面に落書きがされ、ポットのお湯がこぼれていた。
まるで、子どものイタズラのように秩序がない。
ぼくの部屋はすでに二回やられている。
不可解なのは、施錠した部屋になにものかが侵入してイタズラを繰り返していることだ。
ぼくは憤慨しながら、上司の部屋へ向かった。
「セキュリティ上、問題があります」
ナオミは、ロココ調にアレンジした少女趣味な室内で、データと格闘していた。
「システムをいかにしてハックしたのかが問題です」
各人個別の研究室は、DNAフィンガープリントを認識して開けられる。
これを突破するトリックとしては、一卵性双生児やクローンが古典なのだが、ぼくには該当しない。
「この前観たドラマでは、DNAハッカーに遺伝子情報を抜き取られていたわ」
「くだらない」
「いつの間にか、自我が別のモノに取って代わられるの。怖いでしょ」
ナオミは舞台劇にはまっている。
なんとCGキャラではなく、人間が演じているのだ。ぼくを怖がらせようとするこけ脅しに屈せず、冷静に対応する。
「今回は監視カメラを設置しておいたので、犯人がわかります」
ぼくはセットしていた空間イメージセンサのデータを、ナオミのホロ画面に呼び出した。
「これは?」
再生されるデータを見ながら、ふたりで唖然とした。
「どこから入ってきたんだ。いや、そもそも誰なんだろう?」
映し出されているのは、ぼくの部屋を我が物顔に跳ね回る、少女の映像だった。
「母星に伝えられていたという『ブラウニー』、『コボルト』、『コロポックル』、『座敷童』のたぐいかしら?
いや、『雪ん子(スノー・フェアリ)』がもっとも近いかも」
たしかに、なにかしら非現実的な透明感のある少女だった。年齢は六、七歳くらいだろうか。
旧式の航宙服のようなものを身にまとい、どこからともなく噴き出した霧のような白い煙幕のなかではしゃいでいる。
ナオミは、少女のしぐさを食い入るように見つめていた。
「あるいは『密航者』とか」
密航者というのは、航宙ナビゲータの間で語られる都市伝説(フォークロア)である。
マス・ドライブ中に発見した不法侵入者のことだ。
小型の着陸機の質量は厳重にチェックされ、必要な推進剤しか積載しない。
ナビゲータは密航者の体重分が増加した着陸機を、いかにして無事着陸させるか頭を悩ませることになる。この”冷たい方程式”をどのように解くか、が課題となる彼らのゲームである。
「拡大して」
少女が無邪気にぼくの机を荒らしていく様を、ナオミはいつになく真剣に見つめている。
「部屋に入ると寒気を感じたのですが、実際に室温が低下しているようです」
ぼくは記録を呼び出した。
そうねー
いつもなら好奇心いっぱいに乗ってくるだろうナオミが、妙に大人しい。
「そうだ。今後の進路希望を出しておいて」
上の空といった感じで言った。
冬を迎え地上で越冬するか、母艦に帰還するチームに配属されるか、希望を自己申告するのだ。
もちろん、ぼくは帰還を希望していた
「私といっしょに残って、越冬調査してくれることはわかってるけど」
とんでもない!
ぼくの反論は、突然響いてきたばりばりという気味の悪い音に呑み込まれた。
*
「基地を支える骨組みが、一部破損しています」
保安ロボットが報告する。
「視程百メートルに満たないAクラスの地吹雪(ブリザード)が、この季節に現れるとはな」
入植者キャンプから非難してきた大佐が、ホールに座って驚いたように言った。
赤ら顔がさらに紅潮しているのは、密造酒のせいだけではないようだ。
「まるで、この星が我々に牙を剝いてくるようだ」
気象衛星サイクロプスから送られてくる映像は、このベースを取り囲む自然の猛威を顕している。
「機構からの要人ですか?」
ナオミが、上級職員が制服を着けた背の高い男とやりあっているのを見て、ぼくは近くの職員に尋ねた。
「軍の統括部のひとよ」
隣の研究室の子が声を顰めて教えてくれた。
「必要な調査のためには、冬越ししなくちゃいけないの」
「越冬は許可されません。入植者とともに退避してください」
いつもはマイペースに相手をやりこめるナオミが、苦戦しているようだ。そのとき、大佐がずかすかと歩み寄り、男に声を懸けた。
「坊や!」
呼び掛けられた軍人は、いやな顔をした。
「立派になったものだ。初めての遭遇戦で股間を濡らしたとは思えない」
「やめてください。そんなデマ」
顔が赤らんだのは、怒りか恥じ入ったためか。そそくさと議論を打ち切ると、エアポートに向かった。
「これは要請ではなく、指令です」
そしてナオミに向かって、「君のことが心配なんだ」と言った。
*
「あの軍人をご存じなんですか?」
ぼくは大佐に尋ねた。
「ご存じも何も、昔の部下でナオミの元亭主さ」大佐は、さらっと爆弾発言をする。「気になるかね?」
ぼくは何事もなかったような口調で、
「知りませんでした」
ふふ、冷やかすような大佐の声に被って、さらに大きな音が響き、あたりが暗くなった。
二重ハニカム構造の外壁がたわんで、氷柱が室内に突き出している。
「どうしたんだ?」
「非常用の発電機は?」
停電により混乱に拍車がかかった。再度明かりが明滅して、電源システムが不安定になっていることを示した。
「まるで、吹雪が生きているようだ」
「見たか? 氷が角のように伸びてきたぞ」
中央ホールに非難したぼくらは、大画像のホロで周囲の状況を把握した。
「至急ポートに退避して、避難用舟艇に分乗してください」
機械的な警告が流れるなか、格納庫に向かう通路で、ぼくは大佐につかまった。
「ナオミを見なかったか?」
「いないんですか?」
まったくもう、世話の焼ける上司だ。
ぼくは暗視グラスを引っつかんで、引き返した。
ナオミの研究室は、ノックに返事がなかった。
どこかの隔壁が破られたのか、びゅうびゅうと風が吹き込む音が壁を伝わってくる。
非常用の回線を使って扉を開けてもらうと、暗視グラスの視野の片隅に四角く切り取られた影が写る。
「隠し部屋?」
中に入ると冷たい空気がまとわりつき、呼気が白く濁った。
部屋の中央にナオミが佇んでいる。
彼女の視線の先に制御装置が連結された、透明な窓の付いたポッドが横たえてあった。
「ナオミ!」
呼び掛けながら近寄ったが、こちらを振り向きもせずポッドを注視している。初期の移住者が使用した冷凍睡眠用ポッドだった。
ポッドの窓はうっすらと曇っており、霜が付着していた。
そのなかで、少女が眠っていた。
「この女の子!」
ぼくは絶句した。棺のようなポッド内で眠る少女の顔に、ぼくの部屋で遊んでいた 妖精(フェアリー)が重なった。
「私のむすめ」
ナオミがぽつりと呟いた。”Naomi-yuki- Y ” とモニタに表示されている。
「私の家系は長女はみなナオミなの。ミドルネームで区別するのよ。私はナオミ-ルカ。この子はナオミ-ユキ」
ぼくは少女を見つめた。まるで今にも起きだしてきそうだ。
「航宙のあと、冷凍睡眠から目覚めなかった」
初期の移住船でまれに起きた事故だが、その後も同種の事故は絶えなかった。
「まるで寝ているかのよう。いまにも『おはよう』って言いそうなのに」
遠い目をしている。ナオミにこのような一面があったとは……
そのとき、ばきばきと外壁の骨組みがきしむ音がした。
「退避しましょう。まるでこの惑星が我々を排除するかのように、自然の猛威が迫っています」
「ル・シャトリエの法則は知ってる?」
この場での会話にそぐわないことは知ってます。
「初歩の化学原理ですね。『平衡状態にある系に、状態を変動させるパラメータを負荷すると、その影響を相殺するように平衡が移動する』」
反応温度を上げた場合、平衡は反応熱を吸収して反応温度を下げる方向へ移動する。
逆に反応温度を下げた場合、平衡は反応熱を発生させて反応温度を上げる方向へ移動する。
「免疫システムは?」
「異物の侵入を排除する生体防御メカニズム。いったい何が言いたいのですか?」
これまでの経験で、一見ふざけたこの上司の言動には意味があることを学んでいる。
「この惑星系、いや、この宇宙ユニヴァースにとって、我々人間は排除すべき異物と見なされているってこと」
そんな!
「極秘時候だけど機構の惑星開発プログラムは、その全てが停滞しているの。どの惑星でも、星そのものが入植者を排除するかのように自然が猛威を発揮するのよ」
「つまり、我々人類は、この宇宙に受け入れられないということですか?」
「私もそう思っていた。
でも、この星を調査する課程で、感じたの。現人類(ホモ・サピエンス)は、肉体の殻を脱いで、”ホモ・スペリオル”、”ホモ・スピリチュアル”・・・
どう呼んでいいのかわからないけど、新しい進化した姿を受け入れる必要があるのよ」
呆然とするぼくの前で、ナオミはまるで巫女のようにカプセルの少女に呼び掛けた。
「さあ、起きて」
目の前で、まるで霊体のように少女の姿が浮かび上がった。
空を跳ねる女の子は、この星の氷、水、空気、龍のような現住生物やしゃぼん草と、手を繋ぎ、
遊び、
戯れている
「雪ん子(スノー・フェアリ)」ぼくの口をついて言葉が出た。
気がつくと、吹雪が止んだのか絶え間なく外耳を打っていた騒音がぴたりと止んでいた。
ポッドのなかには元の少女がいたが、それがもはや抜け殻であることは間違いない。
ナオミはポッドにとりすがって泣いていた。
娘の旅立ちを見送る母親のようだった。
「いいニュースと悪いニュースがあるけど、どちらから聞きたい?」
ベースの修理や片付けが一段落して、ナオミはぼくに言った。
彼女の研究室は、ゴシック趣味に変更されている。娘のナオミ-ユキのポッドも以前のままだ。
ただし、その肉体はもう抜け殻なのだが。
「いつか帰ってくるかもしれないしね。入れ物はそのままにしといてあげるの」
別れた夫にも了解を得ているらしい。
「いいニュースからお願いします」
「研究チームの越冬計画が承認されたわ。研究チームだけでなく一次入植者たちの一部も残ることになる」
今年は穏やかな冬になりそうだ、と大佐が言っていたのを思い出した。
「おめでとうございます。初の長期入植になりそうですね」そして、おそるおそるお伺いを立てる。「それで、悪いニュースは?」
「怒らない?」
「内容によります」嫌な予感がした。
「あなたの移動希望だけど」ナオミは、しれっと言った。「あんな事故もあったし、つい機構への提出が遅れてしまったの。自動更新によって、あなたは越冬チームに組み込まれたわ」
なんてことだ!!
「冬越しもいいかもよ。大佐が密造酒作りの助手を探していたわ」
ぼくは天を仰いだ。
(【連作ショートショート】邪眼(re-boot6)に続く)
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