たい焼おばちゃんのカーネルサンダース
〈後編2〉
「よっしゃ」それでこそ、われらがジョーだ!上司に報告するゾ
その晩、上司に報告すると、この案件が無事アメリカに上陸したら、結果がどうであれ、ササベとジョーは大ヒットになる商材を見つけたのだから、必ず出世コースに乗せると上司から告げられた。そのためには契約が重要だ。まかしておけないから、明日にでも会社の飛行機で京都に向かうという。ササベは大喜びだが、ジョーは胸の中で不安がふくらむのを感じた。今はまだササベが気づかないことを願った。
アメリカから届いたFEDEXのボックスを持って、2人はおばちゃんの屋台へ向かった。ボックスにはジョーが画像を送ったのと似た、たい焼き屋台ののぼり、のれんとおばちゃんキャラのイメージ画像があった。たい焼きおばちゃんのキャラは3つの企画があった。➀はカーネル・サンダースの女性版、➁はおばちゃんが屋台の前でたい焼きを焼くド派手なイラスト、③はおばちゃんが手にたい焼きをもって笑うイメージイラストだ。早速おばちゃんに見せると、顔色を変えて「何これ!こんなカッコ悪いのは嫌!」カーネル・サンダースの女性版は却下。その次のおばちゃんが屋台の前でたい焼きを焼くハデハデイラストも同じく却下。そこでしぶしぶ③の手にたい焼きをもって笑っているイメージを選んだ。明後日に上司が来たら、それを直接説明すればいい。おばちゃんの嫌がることはしない、とジョーが説明したが、おばちゃんの顔から不安がどんどん膨らむのがわかり、ジョーも暗い表情に変わった。
ジョンストン氏の押しの強さに、全員の怒りが頂点に達した
二日後、上司のジョンストンが京都入りした。自己紹介もそこそこに、おばちゃんへの土産、さらに送ってきたPR素材のほかにも持参した数多くの「たい焼きおばちゃんブランド」素材があった。イベント用の衣装、店舗イメージなどをあれこれ見せて、叔母ちゃんの心情を配慮しない身勝手な進め方にさすがのササベも「ちょっと待ってください」と中断を求める始末だった。おばちゃんはジョーの後ろに隠れて、よくない顔色を見せまいとした。そこでジョーがおばちゃんはあまりの情報に疲れたので、休憩をはさんで2時間後に再開することを提案した。おりしも、ちょうどランチタイムの時間となり、ひとまず昼休みにすることにした。おばちゃんは市場の弁当が用意してあり、一旦ここで別れることになったが、ジョーのほうを見て相談したいと伝えた。そこでジョーは1時間、アメリカ本社の打ち合わせを兼ねてランチに行った。1時間で戻り、おばちゃんと相談する約束だ。
ササベはジョンストンのやり方に頭にきていた。この件は自分たちがたい焼きという商材を見つけ。おばちゃんとの関係を築き、ジョーを通じておばちゃんを説得し、ようやくジョンストンと会うことを承諾させたのだ。それを自分たちの頭越しにことをすすめる上司を許しがたいと思った。
全員の怒りが噴火・爆発、プロジェクトは空中分解
ランチタイムはササベもジョーも不機嫌で、わざわざアメリカ本社から出張してきた上司のジョンストンを迎える態度と思えなかった。だからジョンストンも不快感を隠せなかった。ひとまず、ランチを取ってジョーはササベの許可を得て、おばちゃんの屋台に向かった。しかし、これはまずいとはわかっていた。どうするか…。経験不足だった。残ったジョンストンとササベは危ない雰囲気だったが、ジョーはおばちゃんのことで頭がいっぱいだった。
おばちゃんも不安をかかえて、ジョーを待ちかねていた。ジョーの顔を見ると、一気に話した。「思うんやけど、こんな年でアメリカでたい焼きを焼きにいくなんて無理やろ。たい焼きをアメリカで発売するのを手伝うのはええよ。でもわたしの本拠地はここ、京都や。あんたは日本のしきたりも、やりかたもわかってくれるから、一緒に仕事してもええよ。でもササベさんや上司のおっちゃんは一緒にやれへん。ジョー、あんたもわかってたんやろ」、おばちゃんは涙ぐんでいた。「ジョー、もう一つ、うちは長年ここでたい焼売ってきてこれでも有名なんや。アメリカでたい焼きやって、失敗したらどうしてくれるの?あかん、あかん。そんなんできへん」ジョーの手をとってまるで母親が息子にいうような口調だった。「おばちゃん、ありがとう。ぼくもそう思うわ。おばちゃんの平和なたい焼きビジネスを邪魔する立場にはなりとうない。ササベとジョンストンにそう伝える」「おおきに。よろしゅうお願いします」ジョーはすまない気持ちでいっぱいだった。ササベに電話すると「ジョー、ジョンストンは勝手なことばかり言いよる。たい焼きという商材に目をつけて会社にもっていったのに、ジョンストンがあれじゃーおばちゃんもYESと言わんやろ。君にも苦労かけたな。もうやめた。会社も辞めたるわ」
ジョンストンは帰国。 ササベとジョーは日本でたい焼きが大ヒット
ジョンストンのホテルを2人で訪ねて、おばちゃんの気持ちを報告した。ジョンストンもうすうす気づいていた。時間をかけて説得していたら、どうだったかと聞かれたが、それはだれにも分からない。もしかしたらジョーとササベがやるなら、おばちゃんは乗るかもしれないと思ったが、退職するのだからジョンストンに親切に教えてやる気はない。最初からもっと緻密に計画してゆっくり時間かけてやっていればチャンスはあったかもしれない。だけど、おばちゃんは土着的な人間で、たい焼きを心から愛していた。
後日、2人がショッピングセンターのたい焼きイベントの会場を訪問していた。そこにおばちゃんの姿はなかったが、おばちゃんの名前ののぼりとのれんがあった。アメリカ人が主張したチョコ味とクリーム味のたい焼きは大ヒットした。今では全国どこでもチョコ味、クリーム味のたい焼きは定番になっている。カーネル・サンダースはおばちゃんが嫌がったが、新しいネーミング「サンどす」は気に入って使っていた。こうして、サンどすたい焼きは京都のあちこちに出店し、ササベとジョー、おばちゃんはたい焼きで大いに潤っているという噂だった。