Back to the world_009/龍とUFOと竹槍
2枚目の集合写真の中の鴨沢は顔がブレていて、地面に突いた竹刀を握りしめていた。UFOに対し身構えたのか、首が肩にめり込んで見えた。
「この肩ジャミラみたい!ーーUFOはいてもいないんだよな、そういう事でいいんだよ、あいつらな!」
「じゃっ、そういう事で!」
佐内が叫び中野がニヤリとした。その横を三好がウォークマンを聴きながら通り過ぎ、気づいた高司が話しかけた。
「みっちょん、あの時のさ、UFOの写真あるよ」
「えー?何?」
「ほらUFO」
三好はリズムを取りながら無表情で写真を見ていたが、カセットテープの曲がサビに到達したらしく、急に弾むように踊り出した。
「ウェイクミーアップ!アフォーユーゴーゴー!テレッテ、テーレレレテーレヨーヨー!」
ご機嫌な三好の天然パーマはしっとりとして、瞳孔はかなり開いて見えた。
「みっちょん!UFOだって!これ!みっちょん!」
高司が食い下がる。
「…え?あー、ホントだ」
三好は興味なさげに返答すると、今度は急にいたずらっぽい表情で高司の目を見ながら踊り出した、曲に合わせて怪しい英語で歌いながら。
「テンテンテンテン、テンテンテンテン、テンテンテレッテー、アワナヒヤッハ~!…イエーヤイエーヤ!」
「ーー25周年の!記念写真撮る時にUFO出たでしょ?あの写真だよ、みっちょん!」
「え?…そーだっけ?ふうーん」
三好はぞんざいに写真を返すと軽いステップで去って行った。振り向いて、
「あ、俺今日江藤とデートなんだよ!すごいでしょう?へへっ」
とだけ言って、また歌いながら歩き出した。
「…ウェイクミーアップ!『アフォー』ユーゴーゴー!テレッテ…」
「…すげーな、あいつ」
祐二が指差した集合写真には、空を見上げて驚く女子に笑顔で話しかけている三好が写っていた。
「『ビフォー』ぐらい理解して聴き取ってほしいね」
中野が腕を組み、ニヤリとしたので皆が笑った。
「じゃっ、そういう事で」
祐二が続けて言ったのでさらに皆が笑った。
ーー清水がおもむろに口を開いた。
「僕さあ、子供の頃に龍を見たんだよね」
「はあーっ?シミケン、どうしたの?!ぶはっ!」
佐内が笑う。
「ああ、ふふ、ゴメンゴメン、そうだよね。だけど、確かに見たんだよね、家族で」
「聞かせてー。オイ、みんな、聞こ聞こ」
清水が突飛な事を言った瞬間皆は面食らったが、中野は聞いた途端に間髪入れず無の表情を作り、『民衆を導く自由の女神』のように手を挙げ皆を煽って、清水にずんずん迫って行く。さて あほうの話をご拝聴致しますか?ーー中野の瞬時の反応がそういう空気を作ったので純たちは笑った、感心もした。
「ハハ、ぶつかります中さん、止まってーーあのね、小学生の時に車で親戚んちに行ったんだけど…」
「ねえ、中さんの今の、面白いねえ…」
「バカツカサ、うるさい、黙れ、聞け」
中野のリアクションを称えた間の悪い高司は、にべもなく黙らされた。
「…あ。ハハ、えー、それでね、峠みたいなとこにちょっと駐車場?あるじゃん、出っ張っててさ、うちの家族だけで車を停めて休んでたの、景色がよくてさ」
「みんなでラジオ体操したか?ほんで」
中野が早口で茶々を入れる。
「ははっ、したかな?父親は。ロングドライブだからね。ーーえー、でね、妹が、『兄ちゃん、龍が飛んでる』って。そしたら夕日の中、向こうの雲のほうにこうやって、波打ってるみたいに龍が飛んで行っててーー母親と、家族4人で見たんだよ。あ、そうだ父親がアキレス腱を伸ばしてて、『龍だよ!』って呼んだらきょとんとした顔でこっちを振り向いたんだ」
「ぷっ、ラジオ体操してたのか!やっぱり」
「中さん、ラジオ体操にアキレス腱伸ばすのは入ってないよ」
「だからお前は『イグノアランス』って言われるんだよ!みんな、バカツカサは中学の英語の先生から『イグノアランス』って呼ばれてたんだって。意味は『無知、無学』だってよ。『イグノアランス』って生物がいたんだよたぶん、ジュラ紀に。お前はその末裔だよ。進化した、よかったな」
「そんな、ひどい」
そう答えたが、中野にポンポンと頭を叩かれ皆が笑ったので高司は嬉しそうだった。
「悪い悪い。ほんでほんで?シミケン」
「ははっ。まあね、小さくなってく龍をみんなで見たんだよ、神秘的で美しいものを見た感動も余韻もちゃんとあって。だけどさあーー半年ぐらいして、『あの時みんなで龍、見たね』って話をしたらさ、誰も覚えてないんだよ、これがーー龍をみつけた妹すら、だよ。母親が、『いいからタケノコ食べちゃって』みたいな事言ってさ」
皆は集中して話を聞いていたが、そこで小さく好意的に笑った。
「…そういう事かー、ふぅー」
高司は理解したのかどうなのか、大きなため息をついた。
「なんか僕、神隠しに遭って、違う世界の同じ家族んところへ入れ替わって来ちゃったのかな?って思ったよ、ハハ」
ーー純がよく感じた感覚に似ている、と思った。幼少時、夕方になると頭に浮かんだのは、夜眠って朝起きると見た目は同じだが昨日と違う世界の家族と一緒に目覚めているのではないか?という疑問だった。
自分はそうやって幾多も存在する同じ姿の家族の間を渡り歩いている人間なんじゃないだろうかーー。
幼稚園児だった純は家族団欒中のフィルムのコマが動いている映像と、実際の自分たちの姿とをオーバーラップさせたテレビ番組のオープニングのようなイメージを、口を開いてポサーッと想像していた。
「それ、20年とか経って中年になっても思い出すんだろうね、シミケン」
「そうなんだよ、まさにそう思った」
清水は答え、遠慮がちに微笑んだ。
それからしばらくは皆で不思議な話やそれが本当だったのか記憶が定かでない、というような話をしていたが、純が『竹槍事件』について思い出し、それについて中野に語って聞かせた。
ーー記念撮影から2、3日後の授業で、現国の桑ジイーー桑田という国語教師がUFO騒動を『竹槍事件』と名付けた。
そのくだりは何がきっかけだったかーー樽のような体型の老人は授業中に教室の真ん中で立ち止まって目を閉じーー戦争の話をする時はいつもこうで、時には涙さえ流して見せた事すらあったので、鼻白む者もいた。
「…こないだのUFO事件、あれは嫌な事を思い出した」
「ーーあれ?今UFOつった?桑ジイ」
「言いました!」
「わっ!」
早川のヒソヒソ声の軽口が耳に届き、桑ジイは振り向きざまにその机をばんと叩いた。ユーモアはあるが、タメを作って大仰にパフォーマンスするきらいがある。
「UFOが見えた時にネ、ーーえー、鴨沢先生や教頭を悪く言う訳ではないが、とにかく大きな声で皆を従わせた、有無を言わさずそうしたーー」
桑ジイは目を閉じて天を仰いだ。
「皆があの場で見て、せっかく感じた事をなんとなく封印されてしまったようなーー確かに見えたUFOが、無きモノのような存在になってしまったーー私はちょっと、先の戦争中に上に立つ者たちが勇猛果敢なフリをして民衆を煽り、果ては皆が竹槍でB-29を落とそうとした、あの狂った風潮を思い出してしまったーー」
「せんせー、竹槍は別にB-29を落とす用じゃなかったと思いますー、刺さんない、うひ」
「だまらっしゃい早川!小事に拘りて大事を忘るな、聞いてて大体わかるような話を茶化すでない。枝葉末節にこだわり大局を逃しては勿体無い」
踵を返してつかつかと教壇に戻ると、
「全体主義。現代における『竹槍事件』だ、若者よ、物事を客観視する力を持てい!」
と大仰に叫んだ。
チビで大部屋俳優のような外見の平田が最前列でビクンとして目を覚ました。
「起きたか。よかった、平田はもうこの授業中には目覚めないかと先生思いました」
名物教師の面目躍如である。明るいクラス、といった感じの和やかな笑いが起きた。いつもザシザシいがらっぽい荒い発声の通称『野球部の動物たち』も笑い声が若干まろやかだった。
ーー純が説明し終えると今この話を聞いたばかりの中野もまた感銘を受け、他の者たちも再度うんうんとうなずいた。長い教師生活で身につけたユーモラスな劇場型話術の評価はさておき、そろそろ定年のはずのあの爺さんがこんな感性を持っていたのだ、とーーしかしこの若者たちは自らの不勉強、未熟さ、経験不足については考え及ぶ事などついぞなく、こいつは爺さんにしては感覚が若い、なかなかこちらについて来れているじゃないか、ぐらいに感じていた。
桑ジイの姿は古い白黒映画に出て来るような開襟シャツに太いズボン、樽のような腹、昔ながらのカッチリした理髪店の刈り上げに銀髪のオールバック、ループタイに黄色味を帯びた年代物の鼈甲の丸眼鏡。眼鏡越しに覗き込む目には生徒との知的会話のキャッチボールが可能だぞと書いてあり、いたずら心も宿っていた。しかし悲しいかな純たちにとっては外見からしてあまりに差があり、別世界の住人に見えていた。
「…ところで桑ジイ、UFOに関してはどう思ってるのかな?」
思わず口をついて出た純の言葉には、いつの間にか輪に加わっていた相馬が返した。
「それはわからない。でも三好は宇宙人に脳をキャトルミューティレートされた可能性はあるよね」■