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夜の街はいつもきれいな光の航跡に満ち溢れて

私は今、郷里に帰る飛行機の中であなた宛ての手紙を書いています。

これは私の気持ちを整理するために書いているので、
あなたにはこの手紙が届くことはありません。
きっとこの手紙は飛行機を降りた後で破り捨ててしまうでしょう。

たまの休みに東京に出てくるから一緒にご飯でも食べませんか?
そんな誘い文句にホイホイとのってきたあなたを
私はほくそ笑んでさえいました。

あなたはお店に早めにきて
ずっと入り口のカウンターで私を待っていたそうですね。
そのまま待たせておけばよかったと思っていましたが、
席にすわるあなたが私があげたネクタイをしてきてくれたのを見て思わず、
「遅れてごめんなさい、あと5分で着きます」って電話をしてしまいました。
本当はすぐそばにいたのに。

あなたはこのレストランを
久しぶりに東京にきた私のために予約してくれました。
このお店にはとても美味しい料理とお酒がありました。
そして13階から見える浅草の夜景もとてもきれいでした。
私はそんなにお酒が得意じゃないけれど気の付く優しいバーテンダーさんが
あれこれと私をフォローしてくれました。
だから、それほど疎外感を感じることなく、
あなたとの食事を楽しむことができました。

でも、以前ほどお酒を飲まなくなったのかしら?
もう齢だからって?

私もあなたも齢をとった。あの頃とは違う。
私だって肌もくすんだし、白髪だって増えた。
胸だって張りがなくなったし、お化粧だってのりが悪くなったし。

あなただってそうよ。

まるで自分だけがあの頃のまんまって顔をしているけど、
あなただって時間からの制約からは逃れられないんだから。

肌のために私がいつもトマトを食べているのを知ってか知らずか、
あなたは「カプレーゼ」を頼んだ。
そのトマトがあまりに甘くておいしかったから、
まるであなたにぎゃふんと言わされているような気分になった。

あなたはいつもわたしのことをお見通しだった。
風邪を引いているんじゃないか? こんなことで悩んでいるんじゃないか? 何々さんと喧嘩でもしたの?
いつもその度にあなたにすべてを打ち明けてきた。
そんなときには面白おかしい警句とともに私にアドバイスをくれた。
同い齢なのに、あなたはいつもわたしの数歩先を行っていたように思えます。
たまに頭をなでてくれるのが、とてもうれしかった。

時を戻せないかしら?

わたしはあなたの頼んだ「カプレーゼ」に対抗して
「シーザーサラダ」を頼んでみたけれど、
大きいアーモンド形のお皿のうえに
    一枚ずつレタスの葉が敷いてあって(!?)
そのうえにカリッとしたベーコンとパルメザンチーズがかけてある。
皿の横にチーズドレッシングが小さいココットに入っている。
見たこともない皿の上の状態にうろたえてしまって、
口をぱくぱくしている私を見て、
まるで初めて象をみた江戸時代の人みたいだって、あなた笑ってた。

「別にどう食べようといいんじゃない? 僕ならこうやって食べるけど」といって一枚のレタスをとって、
ベーコンやかかったチーズが落ちないように折りたたむとその上に
チーズドレッシングをかけて一口で食べてしまった。
びっくりして目の前の「御業」ともいうべき、
その行動の鮮やかさに驚いてしまったの。
まったく、私にはできない芸当。
こういうことのひとつひとつがあなたには敵わないって思うの。

なんとか挽回しなければと思って「アヒージョ」を頼んでみたりしたけど、
あまりの美味しさに我を忘れてしまいそうになったり、
パンにオイルをつけすぎてオイルをぽたぽたカウンターに落としてしまったりして、あなたにたしなめられてしまった。

バーカウンターの後ろから見えるのはスカイツリー。
これはもう東京の景色のひとつになっているんだなって思った。
あなたに教えてもらったオザケンの歌の中に「東京タワー」という固有名詞が出てくるけれど、
「スカイツリー」っていうのはいまひとつだな、なんて思っていた。
でもこうしてあなたと一緒に見るスカイリーに思うことは、
街の迷子たちの灯台みたいな役割をしているんだななんて言うと「陳腐だな」とか言われそうで。

「ここは浅草13階なんだけど、大正時代の浅草に凌雲閣という12階建てのビルがあったんだけど、
そこよりも1階多いなんてそれでけでも浪漫かきたてられるよね」

浪漫とロマンスを聞き間違えそうになった!(苦笑!)
明日会う友だちに何て言おう。

最後にメインでトマトパスタと肉料理を頼んでくれたのよね。
お腹がペコペコだったのを察してくれて私が言えないでいるとあなたがメインを推して、トマトのパスタと豚肉のソテーにした。
豚肉のソテーを頼むときにソースが選べると言われたけど、
それをきかれて固まってしまった。
「ジェノベーゼで」と耳元で言われたときに思わず手に汗を握ってしまったの。

お腹はペコペコなんだけどお酒を飲んだりしていると急にお腹がいっぱいになったように感じたりするのね。
あなたトマトのパスタが先に来て取り分けてくれた。
私、自分がどれだけ食べたいのかよくわからなくなっちゃった。
食べてしまうとまだ食べられる気がする。
細いパスタはトマトソースがしっかり絡んでいて鮮烈な味わいだった。
やっぱりトマトは甘くてとてもやさしい味でパスタに絡まるその赤い色をみるとなんだかくらくらしてくる自分がいた。

豚肉のソテーはグリルされた野菜もあって。皿の上が賑やかだった。
あなたは肉と野菜を切り分けてくれた。
私の方が一切れ多い気がしたけれど、
    酔いもまわってまた空腹感が戻ってくる感じもあった。
切り分けるとあなたはジェノベーゼソースを肉にのせてくれて、
    はい、とお皿を差し出した。焼いたお肉のいい匂いがした。
切り分けられたお肉のちょうどよさ、
    頬張るにはこれくらいないど面白くない。
        口に入れるとあふれる肉汁と脂。
それをジェノベーゼソースが甘く仕上げてくれる。
    ソースの役割ってこういう交通整理もあるのね。

ロゼワインを口に含むと荒々しい豚の脂はさらりと洗い流されてしまい、
美味しかった。
最後に鼻に抜ける何とも言えないアルコールの熱が今この時間が夜だったことを思い出させる。

覚えてますか? 

もう15年以上も前でした。
私がまだこの職に就く前の前職のときでしたね。
上司に連れられてメーカーである、あなたがいる会社に来た時のこと。
あなたの当時の上司が快活に笑いながら
  「○○ちゃん(私の名前)、こいつを婿にしてくれないかな?」と
                            言ってきた。
この人、不躾になんてことをいうのかしらって思ってた。
   けれど、あなたを見たら満更でもない様子だった。
それからも何度かご飯にいったり、してたけど、
   その後あなたは急に担当を変わり、私も会社を変わったりもした。

間隙ともいうのか、時間的にも、物理的にも私たちを決定的に隔ててしまう何か、そう、
向こうの見えない霧のようなものが晴れてみると
               私たちは決定的に違っていた。
本当にこの人だったのかしら? 違う人じゃなかったっけ?
               と思わされる場面があったの。
どこかパラレルワールドに迷い込んでしまった感じ。
同じ人なんだけど何かが違う。

その違いって何なのか。それを決定的に知る出来事があった。

それは数年前に食事に行った時のこと。
あなたの左手の薬指には指輪が光ってたのを見たの。
私はそれを見ないようにしたし、敢えてその話を振ることもなくその日は終わった。

その日、あなたに会うために色々と詰め込んできた、
    すこし大きなバッグを持ってきた私は
        駅のコインロッカーにそれを放り込み、
    二度とそれを取りに行くことはなかった。
あなたを待ち続けた時間をそこに捨ててきたといってもよいくらい。

だけど、性懲りもなく、
私はまたあなたを食事に誘うかもしれない。

私はそうすることで自分で自分を傷つけている。
自分で自分の胸を抉っている。そして、
その滴る血汐の熱さを確かめる。
それが私が私を存在させるに足る理由になる。

レストランを出てすぐのロビーは展望台みたいに開けている。
13階から見える景色に絶句する。こんなにまで美しい! 東京の夜景。

街が呼吸している。蠕動運動のような幹線道路。
               きれいなものばかりじゃない。
ゴミが捨てられ、街に搾取される人もいるのかもしれない。
          それが人間、といってしまったら哀しすぎるのかな。
浅草寺の「雷門」と描かれた大きな提灯が心臓のように見える。私の心臓。
          帰り道歩きながらあなたの歩みに合わせてみる心臓。

トクトクトク……  鼓動は私の鼓膜を揺さぶる。
でも私の耳のなかでは思いきりバチで叩かれたバスドラムのように聞こえてしまう。
スカイツリー。
その手前にはサントリーの魂のような形の金色のオブジェ。
いまの私を形にするとあんな感じ。

地下鉄に潜っていくあなた。それは時を隔てた必然。
私にはもう、あなたとともに駅へ潜行できない壁があるの。
   そして、夜が明け、私にいったいどんな朝日が昇るというのだろう?

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