残された母
父が亡くなったその日の事は、とても鮮明に覚えています。
親戚が帰るのを見送ると、病室に戻り父の亡骸を見た時、なんだかとても安心していました。
悲しみというより、実感がわかないのです。
父の悲しみや苦しみ、寂しさが、その亡骸から消えていたのがわかりました。
闘病を経ての死とは、そのような感情から解放されるものなんだって、改めて思えた瞬間でもありました。
それと同時に、本当にこの世にいなくなってしまったんだという、空虚感が沸いてくるのが感じました。
母は、父と最後のキスをしていました。
そして、看護師さんたちが父の体をきれいに拭ってくれました。
これからの段取りをしなければならなかった母は、その後、すぐに帰宅し遅くまで業者などのやり取りに負われていました。
その後、父を家に迎えて通夜があるその日まで、体のケアを家族で寝ずに行ないました。その時は、父を大好きでいてくれた親戚数名が駆けつけてくれて、ろうそくの火を灯してくれました。
母は、意外と元気に過ごしてくれてました。
父と母は、本当に仲睦まじい夫婦関係でした。
父の経営をしている会社で、副社長として一緒に仕事もしていました。若い頃は、毎日のように喧嘩をしていましたが、年を取ってからは、喧嘩もせずに仲良く二人でいる時間を満喫していました。
なので、父が体調を崩して入院してからは、毎日病院に通って父のケアをしていました。母は、本当に父を想っていました。とても大好きでした。
父を自分の片割れのように、とても大切にしていました。
だから、父が亡った後の事が、とても心配でした。
その不安は、残念なことに的中してしまいました。
母は、毎日泣いて過ごしました。
ごはんもろくに食べずに、6㎏程一気に痩せてしまいました。
65歳で6㎏を一気に落としてしまうと、それは病的でまさに「やつれた」という言葉がぴったりでした。
その時の母は、何となく私に八つ当たりをしてくることがあり、私はとても悲しい気持ちになったことを覚えています。
「お前は、娘だから私の気持ちがわからないんだ」
「お父さんを助けてほしかった」
そんな言葉で、私を追い込んでくることもありました。