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『検定とは、何か』(その1)    ―キャリアコンサルティング技能士検定の場合―


1.目標管理と技能検定

資本主義社会では、どうすれば労働力をもっとも効率よく使用し、利益を上げていくことができるかにつき、使用者はさまざまな管理方式を編み出します。とくに短期の業績向上を目指す戦略においては「業績評価」を用いることが有効とされてきました。それには「目標管理制度(Management By Objectives : MBO)」を用いることが多くあります。これは使用者が企業戦略を策定したうえで、その達成のための企業目標を定める。そのうえで、各部門目標ならびに個人目標をそれぞれ設定するというものです。そして、労働者がその目標をどれだけ達成できたかが、それぞれの処遇に反映されるとするものです。

しかし、それには誰が何を測り、いつ評価するのか、という問題があります。したがって、場合によっては消極的な意味での労働者の意識の変化、たとえば担当業務への満足感や組織に対するコミットメントの低下、転職意思やストレスの上昇といった事態を引き起こすとの懸念があります。そうしたとき、使用者が労働者に「技能検定(以下、検定という)」取得を促す動機には、それへの対応策(代替策)としての意味と効用とがあるのではないかと私には思われます。また労働者にとっても、労働市場で評価される仕事能力(エンプロイアビリティ)の証明にもなります。

そこには、多分に個人的、主観的な他人評価にならざるを得ないMBOに比べ※、自ら培ってきた努力や経験、能力が検定という形で国によりオーソライズされたという自己効力感(Self-efficacy)があります。しかも、内部労働市場向けたる目標管理制度とは異なり、検定は外部労働市場でも通用するとの汎用性に富むツールです。たとえば、経験の幅や深さが分かりにくい中途採用予定者の有するスキルの見極めを容易にします。このように、受検契機こそ企業主導型であったとしても、検定により得られる果実は、使用者・労働者双方にとって実り豊かであるといえるのではないでしょうか。

※数量的データ等の統計解析にも、評価者からの理論負荷性が介在します。科学哲学の観点からは「『客観的』なデータ=裸のデータ」など、虚構でしかありません。しかも、売上高等の数値は容易に観察できても、その裏側にある個々の労働者によるサービスの質の観察は難しいのではないでしょうか。その結果、数字の捏造という形での労働者同士による使用者への誤った「アカウンタビリティ(Accountability)合戦」さえ招きかねないのです。

また最近は、「(官製)労働移動」にキャリアコンサルタントやキャリアコンサルティング技能士(以下、CCという)を利用しようとの国による動きがあります。政府のリスキリングでのキャリアアップ支援に、キャリアコンサルタントの働きが期待されていることなどがその証左です。そこで今回は、CC技能検定の場合を例に、その考察をしてみたいと思います。


2.技能検定制度

そもそも技能検定とはいったい、いかなるものでしょうか。日本では1958年制定の職業訓練法(のちに改正されて職業能力開発促進法となる)で、政府の技能検定制度が始められました。もともとこの制度は、ドイツのマイスター制度を模したものともいわれます。また、厚労省のHPでも、技能検定は「働くうえで身につける、または必要とされる技能の習得レベルを評価する国家検定制度」と定義しています。なんとなく、OJT(on-the-job training)での知的熟達を思わせます。

もう少し、詳しく見てみましょう。この技能検定制度とは一般に、労働者の有する技能の程度を検定し、公証※する国家検定制度であるといわれます。現在は職業能力開発促進法(第44~51条)に定められ、さらに厚労大臣が政令で定める職種ごとに厚生労働省令(施行規則)で定める等級にそれぞれ区分して実施されています。そこでは、レベルに応じた技能ならびに知識の程度を実技試験及び学科試験の双方で客観的に評価することになっています。そうであるからこそ、CC技能士試験の結果通知にも「合格」ではなく、「到達」と記されているのでしょう。到達度を証明する資格たる所以です。
 
※行政上、特定の事実または法律関係の存在を公に証明すること
 

3.キャリアコンサルティング技能士検定

そのうえで「キャリアコンサルティング技能士検定」をみて参りましょう。技能検定制度の対象となる職種は本年8月末現在で、132職種あります。キャリアコンサルティングもその一つです。ご承知のように、これは2008年に追加された試験であり、この検定は都道府県にある『職業能力開発協会(都道府県方式)現在111職種』ではなく、民間の指定試験機関である『特定非営利活動法人キャリアコンサルティング協議会』が実施しているのが特徴(同21職種)です。ウェブデザインや人気のファイナンシャル・プランニングと同じ指定機関方式になります。

但し、残念ながら受検者数を比べると、大違いです。ファイナンシャル・プランニングが472,050名(厚労省「令和5年度『技能検定』実施状況)であるのに対し、わがCC検定は2級で2,737名(学科・実技。2023年度後期2級(第31回))、1級で1,452名(学科・実技。2023年度後期1級(第13回))にとどまります。社会、経済情勢という背景に影響されるとはいえ、2024年度前後期試験では、それぞれどれだけの受験者を集められるのでしょうか。気になるところです。
 

4.社会からの評価

他方で、国や試験実施団体は、キャリアコンサルタント国家資格者のCC技能士試験受験を増やそうと躍起のようです。しかしながら、受検手数料に割高感があり、そう簡単ではないことでしょう。本コラムで以前、『更新講習とは何か―私見―』にて申し上げたように、個人は「教育投資による便益と費用を勘案して投資量を決定する」ものだからです。また、この費用には授業料と受講期間の放棄所得(機会費用)、精神的な費用を含みます。そうしたなか、キャリアコンサルティングという存在につき、社会がどのような認識にあり、どのように評価しているのかが大きなポイントになるように思われます。

ちなみに、今月6日に発表された司法試験は3,779人(前年比149人減)が受験し1,592人(同189人減)が合格した、と聞きます。合格率は42・13%(同3・21ポイント減)だったそうです(以上、報道)。旧司法試験での受験者30,000人、それでいながら最終合格者はわずか500~600人だった時代とは、大きな相違です。CC技能士とは難易度が異なるとはいえ、法曹という職業に対する時代の変遷(率直に言えば、社会の冷めた眼差し)を思わざるを得ません。雨後のタケノコのように林立した民間の司法試験予備校の多くも、一部を除き姿を消しました。

(続く)


著者プロフィール

オイカワ ショウヨウ
複数の国家資格を有し、『一般社団法人地域連携プラットフォーム』に在籍する傍ら『法政大学ボアソナード記念現代法研究所』研究員を務める。 『府省共通研究開発管理システム(e-Rad)』に登録され、研究者番号を有する研究者でもある。