『中小企業と目標管理制度』 ~角を矯めて牛を殺さぬように~
コラムを書かせていただいていると、いろいろなご意見やご感想を頂戴します。ありがたく存じます。先日も、お問い合わせをいただきました。たしかにこの制度は、すでに導入した企業へのリサーチも終わり、その得失につき専門家筋の評価もほぼ固まったとの段階にあるといえます。その結果、この制度自体の「旬」は過ぎ、もはやその効用には限界があることが分かった、ということです。
とくに日本的経営らしさの残る中小企業においては、必ずしも『目標管理制度』が適切だとは思われません。むしろ逆に「角を矯めて牛を殺す」が如く、その美点(会社への帰属意識等)さえ毀損してしまいかねないとの虞があります。そこで今回、そのことにつき再考し、以下お答えに代えさせていただきたいと思います。
前々回(その1)、私は次のように述べました。
まず、振り返ってみましょう。
8.(その1)再掲
「資本主義社会では、どうすれば労働力をもっとも効率よく使用し、利益を上げていくことができるかにつき、使用者はさまざまな管理方式を編み出します。とくに短期の業績向上を目指す戦略においては「業績評価」を用いることが有効とされてきました。それには『目標管理制度(Management By Objectives : MBO)』を用いることが多くあります。これは使用者が企業戦略を策定したうえで、その達成のための企業目標を定める。そのうえで、各部門目標ならびに個人目標をそれぞれ設定するというものです。そして、労働者がその目標をどれだけ達成できたかが、それぞれの処遇に反映されるとするものです。/しかし、それには誰が何を測り、いつ評価するのか、という問題があります。したがって、場合によっては消極的な意味での労働者の意識の変化、たとえば担当業務への満足感や組織に対するコミットメントの低下、転職意思やストレスの上昇といった事態を引き起こすとの懸念があります。」
なにより、頑張っている方に対する「現時点での評価」ではなく、さらにハードルを上げての「今後のより懸命な努力」を求めるものがその本質です。
9.目標管理制度の評価
人事考課の目的は「能力や仕事ぶりを評価する」ことにあるといわれます。目標管理制度はそのうちの「業績評価」にあたるものです。すなわち、一定期間内に当該労働者がどれだけ使用者側に貢献したのかを評価対象にします(『顕在的な貢献度』ともいいます)。
そこでは、上述のように使用者が企業戦略を策定したうえで、その達成のための企業目標を定めます。そのうえで、各部門目標ならびに個人目標をそれぞれ設定するとの形をとります。その際、当該労働者と直属の上司が協議の上で具体的な目標を「数値化して」設定することがポイントです。ここで、労働者自身が自主的・主体的に意思決定したとの前提がとられることになります。その真意は、自己責任の原則でしょうか(だから、降給・降格も仕方ないよね、と)。
だが、問題があります。たしかに労働者自身が自主的に自ら掲げた目標に向かい努力すれば、当人はもとより使用者側にもメリットがあります。動機付けとして成功です。しかし、そこは人間ゆえに、労働者が意図的に低い目標を設定するとの懸念があります。しかも、上司も多忙であり、また直属の部下であれば無理な数値目標を求めにくいというものが人情ではないでしょうか。またその性質上数値化しにくい、なじまない業務もあるはずです。
換言すれば、そうした目に見えない貢献ならびにそれの評価こそが、日本的経営の長所であると思われるのです。先人は、それをよく理解していました。「思いやり」や「おもてなし」に通じるものです。そうした大切なもの、すなわち「各職場に存するある種のよき慣行」を切り捨て、一律的に数値化を求めるものがこの目標管理制度だと申しては、言い過ぎでしょうか。いかにも、米国的です。冷ややかというか、乾いているというか・・
10.目標管理制度は、日本の中小企業にはなじまない
たしかに欧米型組織や日本の大企業では、各職務の範囲や管理職の職分が厳密に定められていることでしょう。したがって、その逸脱は問題になります。それに責任と権限が固く結びついているからです。それゆえ、自らの職務を確実に履行することが、組織全体の能率向上になると考えられます。そのこと自体には、一定の合理性があります。他方で、周囲の同僚らの仕事内容の詳細までは不知、不理解でしょう。ドイツの社会学者テンニスのいうゲゼルシャフト(利害打算によって結ばれた集団。企業が典型例)ですね。
しかしながら、日本の中小企業は異なります。そこは曖昧、不明確であり、目安でしかありません。したがって、状況に応じ担当外の仕事にも携わることがあります。「助っ人」です。そのうえで、全員の喜びや全体の利益増大が図られます。ゲマインシャフト(家族のように、感情的融和によって結ばれた集団)ですね。そしてそれが、周囲の仕事への理解につながります。相互補完的です。それは小さな組織として好ましいものであり、労働者自身のスキルの向上・拡大にもなります。
11.使用者への提言 日本の職場は「おみこし」
そうであるなら、最低限次のことを使用者に求めたいと思います。第一に使用者の人事評価(権)には、「公正評価義務」が内在しているということです。第二に、労働者に「十分な情報提供」ならびに「丁寧な事前説明」を実施しつつ、慎重に制度整備を進めることです。当然それは、合理性あるものでなければなりません。第三に、「労働者からの苦情処理システム」も備えておく必要があります。不服申立ては手続的公正の実現に不可欠です。
したがって、使用者が『目標管理制度』を導入するのであれば、せめてこのような備えを行うことが、法的にも要求されていると知るべきです。にも拘わらずそれらを懈怠し、裁判所での法的紛争にまで発展したときはどうなるでしょうか。場合によっては『○✖株式会社事件』としてその後、労働法関係の教科書や資料に商号がそのまま実名で掲載されてしまうとのリスクがあります※ 怖いですね。
※労働法学では慣行として、下級審の裁判例でさえ企業名を添えて特定・表示されます。セクハラ事案などでも、事情は同じです。遺憾ながら、近畿方面の某水族館での社内セクハラ事件は有名です。
したがって、中小企業の使用者の方々には、いたずらに日本的経営を否定せず、その美点・利点をよくご認識していただくことを求めます。安易に、文化も伝統も異なる他国のシステムの教科書的理解を鵜呑みにせぬように願います。日本の中小企業の職場は互いに寄りかかり、もたれあって組織を支えている「おみこし」なのですから。※ くれぐれも、角を矯めて牛を殺さぬように心がけたいものです。
※個人は集団の中に埋没し、支えるメンバー同士はどこまでも協力関係にあります。だからこそ「人事評価表」や「目標管理シート」につき、本来仕事とは無関係なはずの私的な「やりがい」「生きがい」「将来の夢」のような個人的目標まで書かせるのでしょう。中小企業が、疑似ゲマインシャフトだとの証拠です。もっとも、自己決定権(13条)、内心の自由(19条)等の憲法保障の観点から、そのような記入項目自体の是非につき私は懐疑的です。
オイカワ ショウヨウ
横浜市生まれ。法政大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得満期退学。
複数の国家資格を有し、『一般社団法人地域連携プラットフォーム』に在籍する傍ら『法政大学ボアソナード記念現代法研究所』研究員を務める。 『府省共通研究開発管理システム(e-Rad)』に登録され、研究者番号を有する研究者でもある。横浜DeNAベイスターズをこよなく愛する。