見出し画像

雇用の再配置とキャリアコンサルタント



1.はじめに


交通事故の治療のため、医師の処方によるリハビリを始めました。初めての経験でしたが、さすがプロだと感心致しました。その先生は「作業療法士」だとうかがいましたが、驚いたのはその話術。治療を行いながら、巧みに私との意思疎通を図っていきます。これから「かかりつけ」になるとの都合上、きっと大切なことなのでしょう。次回が待ち遠しくすら、感じられます(注 この方は男性です。悪しからず)。

俗に「歯医者と寿司屋、床屋(美容院)は、『口がきけない』と商売にならない」と聞きます。あるいは、リハビリテーションに関わる医療職の方々も同じなのかもしれませんね。そうした分野に必要なコミュニケーション力や観察力・忍耐力などは、キャリア・コンサルタントにも必要な資質であると思われます。もっとも、お仕事の性質上、キャリコン以上にご苦労がおありのことと拝察しました。※

※他方で、『キャリアコンサルタント国家試験』や『キャリアコンサルティング技能士』の各実技試験(論述・面接)では、相談者の設定が相対的に「学卒ホワイトカラー」である場合が多いとの印象を受けます。この方々は本来、相談者としてかなり手間のかからない方のタイプです。しかし、もっともキャリコンを求めているのは、「課題や困難性、不安や悩みがあり、『働きたいけれど、働けない』状態にある若者(『認定NPO法人育て上げネット』理事長工藤 啓氏)」ではないでしょうか。

2.労働力の流動化と再配置


日本経済の低迷ならびに深刻化する人手不足を受け、国は産業構造の転換を模索しています。そのために労働力の流動化と再配置を図ってきました。具体的には、衰退産業から成長産業への「失業なき移動」です。本年4月施行の雇用保険法等の改正※、あるいは当社の関わるリスキリング(学び直し)事業もその一環だと思われます。使用者側も日本型雇用システムの見直しや低いエンゲージメントの是正、シニア層へのキャリア自律の推進や人的資本の強化等を唱えております。

しかしながら、マッチングを優先した結果、能力や働きぶりに見合った賃金水準よりも、実際の賃金水準が低下するとの残念な現象も生じております。また、若い世代にも、社会や経済産業構造の変化に対応できず、取り残される方々があります。彼らは国による政策的支援から取り残されたままです。
 
※雇用保険の適用拡大(週20h以上→同10h以上に。しかも求職者支援訓練の対象から除外せず)、自己都合退職者の給付制限期間2ヶ月→1ヶ月に。また、教育訓練を自ら受けた場合には、給付制限をしない。
 

3.労働者個人の自立・自律


他方で、労働者側にも労働者個人の自立・自律を志向する動きが顕著になりました。とくに若い労働者はキャリア安全性の観点から、早期転職(転社)を厭いません。諏訪康雄法政大学名誉教授が提唱される「キャリア権」も、そうした今日の労働者に対する職業能力開発への積極的な機会保障を憲法次元で根拠づけようとの試みであると思われます。とくに先日の藤本真先生(『JILPT』副統括研究員)によるセミナー後の「もっと若いときから、キャリア自律を意識することが大切だと感じた」との諏訪先生のお言葉が印象的でした。私自身も、「組織目的」を学ばんと、C.L.バーナードの名著『新訳 経営者の役割』(1956年、ダイヤモンド社)を読み返しているところです※
 
※訳出された山本安次郎先生は、その序文で「わが実際界の人々に、本書一冊を、雑書百冊にまさるものとして推薦したい」と述べておられます。


4.正念場


そうしたなか、国も国家資格者たるキャリアコンサルタントにその水先案内人のごとき役割を期待しているように見受けられます。それゆえ、国は「量の増大から質の向上」へ重点を移しつつあります。このような諸事情のなかで、キャリアコンサルタントが社会的インフラとしての価値や重要度を高めていくには、カウンセリング・スキルの土台の上に倫理規定の遵守※ならびに労働市場や労働政策への知見をもっと備えることが必須であると思われます。換言すれば、それがキャリアコンサルタントが今後、国の下請けに甘んじるのか(用済みなら、捨て去られる?)、あるいは真の専門家として社会から認知されていくのかの分水嶺になるのではないでしょうか。正念場です。

※業界の自主規範(ガイドライン)たる『特定非営利活動法人キャリアコンサルティング協議会』制定の「キャリアコンサルタント倫理綱領(令和6年1月1日改正)」の趣旨は、将来の「キャリアコンサルタント法(仮称)」制定の際に必ず盛り込まれるはずのものです。また、これを誠実に遵守することが専門家(職)としての社会的評価を高め、もって将来の業務独占資格への展望を拡げるものであると考えます。


オイカワ ショウヨウ
横浜市生まれ。法政大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得満期退学。
複数の国家資格を有し、『一般社団法人地域連携プラットフォーム』に在籍する傍ら『法政大学ボアソナード記念現代法研究所』研究員を務める。『府省共通研究開発管理システム(e-Rad)』に登録され、研究者番号を有する研究者でもある。ウイスキーは『Old Parr』が好き(但し、私には高くて手が出ない)。