アメリカにおけるTikTok利用禁止問題の時系列
主にアメリカ安全保障上の問題に焦点を絞り時系列を切り取っていく。
なお起点は2020年から始めているが、これはかなり恣意的なものであることをお断りしておく。TikTokは2020年以前にもインドなどで利用禁止措置が取られているし(その後インドでは一度解除されている)、プライバシーについてもGDPRをガン無視する姿勢がアプリ解析から暴露されたり、そもそも米国の対TikTok対外窓口である対米外国投資委員会(CFIUS)は2019年からTikTokの米企業による買収を検討していたりする。
しかし、ここ数年の国家安全保障上の議論の口火を切ったのはどこかということを考えると、iOS 14へのアップグレードにより、ユーザーデータの窃取状況が誰の目にも明らかになったことが象徴的だったと思われる。そのため恣意的ながらここを調査の起点とさせていただく(調べるのが大変だからじゃないよ、本当だよ)。
TikTok利用禁止問題のタイムライン
2020/6/24 TikTokがユーザーのクリップボード情報を窃取しているというユーザー報告がTwitterに上がる
元のツイートは消えているが、このツイートが当時反響を呼び各種メディアで話題になった。
iOS14 reveals that TikTok may snoop clipboard contents every few keystrokes | Hacker News
TikTok and 32 other iOS apps still snoop your sensitive clipboard data | Ars Technica
"32 other iOS apps"というタイトルからも分かるように、TikTokのみならずクリップボード情報を窃取する多数のアプリが存在することが分かり問題視されていた。
2020/6/29 インドがTikTokを含む多数の中国製アプリをBAN
Press Information Bureau
インドが中国製の59アプリを遮断。特定のアプリには言及していないが、Appendixという形で対象アプリが列挙されており、TikTokが筆頭に挙げられている。
これを発端としてアメリカを含む各国――アフガニスタン、オーストラリア、ベルギー、カナダ、デンマーク、フランス、ラトビア、ネパール、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、パキスタン、台湾、イギリスなどがTikTokの規制に乗り出すが、本稿では最初に述べた通りアメリカに焦点を絞り以下記載していく。
2020/8/7 ドナルド・トランプ大統領が米国内の企業にTikTokとの取引を禁止する大統領令に署名
なお並行してTikTokに米国内企業への身売りを勧告。買収競争に参加したのはMicrosoft、ウォルマート、Oracle。最終的にウォルマートとOracleが合わせて20%出資し、TikTok運営のByteDanceを親会社とした新会社を設立。中国企業の影響力が残る結果となった。
その後TikTokは米国内のOracle社のDBに利用者データを移管しているが、米国企業への身売り勧告に関しては、TikTok側から米政府への異議申し立てが認められたこともあり棚晒しに。
2020/9-2020/10 ワシントン連邦地裁およびペンシルバニア州地裁で相次いでTikTok利用禁止措置への仮差し止めが行われる
Federal Judge Temporarily Blocks Trump’s TikTok Ban
この仮差し止めによりトランプ大統領令は実行されないままバイデン政権に移行する。
2021/5/20 ByteDance共同創業者兼CEOの辞任
この時期にByteDanceのみならず中国国内の新興企業の人事刷新が相次いでおり、中国当局の圧力が疑われている。
2021/6/9 バイデン大統領がトランプ元大統領発令のTikTokの利用禁止措置を解除
上記発言から分かるように、バイデンは「証拠に基づいた厳密な分析」「容認できないあるいは過度なリスクに対処」すべきという言葉で規制については自制的であり、表現の自由に配慮している。一方でTikTokの安全保障リスクは問題視しており、バイデン政権下においても商務省主導で連邦政府の監視を拡大する規制案の策定を続けている。しかし中間選挙でねじれ議会になり議論が進まず、公聴会にTikTok関係者を召喚するにも長い期間が開いている。
2021/7/12 ByteDanceが中国政府の指導を受け海外新規株公開(IPO)を延期(報道)
2021/8/9 TikTokがFacebookを抜き「世界で一番ダウンロードされたアプリ」に
TikTok overtakes Facebook as world's most downloaded app - Nikkei Asia
なおこの年にアクセス数でもGoogleを抜き世界一になっている。
2022/6/24 連邦通信委員会(FCC)委員がGoogleとAppleにTikTokの削除を要請
TikTok is "unacceptable security risk" and should be removed from app stores, says FCC
2022/12/15 米上院で政府端末でのTikTok利用が禁止
米上院、政府端末でのTikTok利用禁止法案を可決 | ロイター
12/27には下院でも同禁止法案が可決されている。これらは上院下院の所有する端末からTikTokを削除するための法律だが、同じ時期に19の州政府でも利用禁止となっており、2023/2/27には米行政管理予算局から各政府機関に向けて端末からTikTokを削除するよう命令が下っている。
2022/12/23 TikTokが米国ジャーナリストの位置情報を監視していたことが明るみに
ユーザーデータへの不正アクセスは同年10月から報道されていたが、ジャーナリスト監視にまで事態が進展したことで表現の自由の敵という認識が深まっていったようだ。この問題を受け2023/3には米司法省とFBIによりTikTokへの捜査が行われている。
2023/3/24 TikTokのCEOが米下院の公聴会で初証言
ユーザーデータの保護やジャーナリスト監視問題など多岐にわたる議題についていずれも厳しい追及が行われた。
この公聴会が開催される数時間前に中国商務省が強制売却に反対する声明を出すなど、混沌とした様相を呈している。
2023/5/17 モンタナ州で米国内初のTikTok禁止法が成立
米モンタナ州、個人端末でのTikTok使用を禁止へ アメリカで初 - BBCニュース
法案の対象は個人ではなく企業であり、ユーザーにTikTokを配布すると最大1万ドルの罰金刑となる。なお、この法律の施行は連邦地裁によって2023/12/1に仮差し止めを命じられている。また、TikTokと一部のTikTokerが別々にこの禁止に対抗して訴訟を提起している。
2023/6/6 中国共産党が香港ユーザー情報にアクセスしていたとByteDance元幹部が主張
なお同社はこの主張を否定している。
2024/3/14 米下院でTikTokに強制売却ないし禁止を迫る法案が可決
米下院、TikTok法案を可決-分離売却か禁止受け入れ迫る - Bloomberg
複数メディアによるとTikTokがユーザーに対して米議会に抗議するよう呼びかけており、それが逆効果となって法案の可決に至ったと見られている。
講評
TikTokの個人データの取り扱いは不透明であり、ジャーナリスト監視や中国当局との情報共有など、関連性のない用途にデータを利用している疑いが高く、またその用途も重大なレベルで個人情報の保護法益を侵害している。TikTokの経営者らが透明性をいかにして担保するかを説明できない状況が続いた中で規制に至るのはやむなしという印象を持った。
一方で安易な規制強化は表現の自由を侵害するものであり、国家安全保障に対する危機という証拠の立証が不十分な中で、州地裁での判決がことごとく規制を差し止める、という結論になったのも理解できる。
さらにモンタナ州での禁止法差し止め判決では判事により「底流に流れる反中感情」を指摘されているが、これは事実であろうと思う。個人的には、個人情報の「関連性の原則」が無視されたときの悪影響(差別)はむしろ国内企業のほうが国外企業によるより大きいと考えているため、この問題が国家安全保障より広いスコープとしての国民保護・個人情報保護一般の問題として論じられないのには違和感がある。
禁止法案はアプリストアからの削除を求めるものだが、既にインストールされているソフトウェアについては何も述べていない。直ちに米国ユーザー全員のTikTokを利用停止するのは不可能だ。
また買収をするにしても中国政府が許可する可能性はほぼないため、交渉は暗礁に乗り上げるのではないか。強硬策というのは見ていて面白いものだが、実際のところあまり問題が解決したためしがないというのはよくあることである。
話はずれるが、結局のところ問題の根源は米国内にTikTokと競争できるような類似サービスがないということに尽きるようにも思える。実際にTikTokが禁止された時米国のショート動画業界は変質していくだろうが、ショート動画分野で若者に強い訴求力を持っているサービスが他にないため、どのように変質していくかは誰にも分からないだろう。