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【Vol.2】中国全省を旅して 〜深圳という街①〜

初めて深圳の街に降り立った日のことは、昨日のことのように覚えている。2019年の秋、僕は教育ベンチャーの役員兼日本初の語学コーチングスクール【PRESENCE】の代表を退任して、一路中国の深圳へと向かった。目的が何かと言えば、中国全省をこの目で見るためだ。天職を退任せざるを得なかった僕は、今後のキャリアに悩んでいた。留学、起業、再就職、選択肢はいろいろあった。そして僕が選んだ答えは”旅”だった。

イギリスで既にMBAを取っていたので留学にはあまり興味が湧かなかった。起業のための起業にも興味がなかった。再就職もよほど価値観が合う人たちでないと無理だと思い選択には至らなかった。最後の最後で、自分の夢の一つだった中国全省の旅だけが僕の心を”ワクワク”させてくれたのだ。「いい歳して旅?」、そんな声も聞こえてきそうだが、やりたいのだから仕方がない。僕はただその気持ちだけを頼りに、40歳を目前にして妻とともに海を渡った。

2019年の10月、僕は広東省の深圳へ足を踏み入れた。秋にも関わらず、あの”もわっ”とした熱気の立ち込める深圳の、正にその異国を感じさせる感覚は今でもはっきりと覚えている。「僕は、この街を拠点に日本の25倍以上の面積を誇るこの巨大な中国を旅するのか」そんな興奮と、将来どうなるのか全く分からない未来への不安と希望、様々な感情が入り乱れていた。

深圳のホテルにチェックインも束の間、僕たちはマンション探しを始めた。それにしても当時の中国のITの発展には驚いた。当たり前のように普及する配車サービス、ネットでいつでもどこでも(本当にどこでも)食事やおいしいコーヒーを届けてくれるし、支払いはもちろん何をやるにもスマホ一台で完結する。テクノロジーの発展の速度は日本とは雲泥の差があると感じざるを得なかった。ただ一方で、街の清潔さ、人の丁寧さや礼儀正しさ、人や車のマナーなど、このあたりは日本にはまだまだ到底及ばない(そもそも目指しているか分からないが)。技術は瞬く間に進化するが、使う側の人の内面的成長はそう簡単に育つものではないということもこの目を通して改めて実感していた。

海外でのマンション探しはイギリス留学時代以来だ。さまざまな部屋を探したが、場所は深圳のビジネス街の福田にある比較的綺麗でおしゃれなマンションを選んだ。居住地は僕に取ってとても大切な要素だ。住環境が悪いと確実に日々にストレスを感じる。物件を見終わった後、僕たちは福田の景田駅から直ぐそばのマンションに決めた。「いよいよ、ここ福田の中心部を拠点に中国全省の旅が始まる!」僕の気持ちはいやがおうにも昂っていた。

さて、皆さんは、深圳という街をご存知だろうか?人口は2022年時点で約1,800万人、省都の広州と並び広東省最大の大都市の一つだ。僕は2007年〜2009年に駐在で上海に住んでいたのだが、当時の深圳は治安が悪く、中国の中で日本人があまり行きたくない場所としてその名を轟かせていたのだがそんな噂は見る影もなく、中国国内でも、いや、世界でも有数のメガシティへと変貌し、その名声を恣にしていた。

この深圳は時の中国の最高指導者であった鄧小平氏の改革開放政策後に人口数万人だった漁村が発展し、たったの数十年で人口約1,800万人の大都市へと成長を遂げた。このような現象は世界中どこを見渡しても類を見ない。アジアのシリコンバレーとも呼ばれており特にハードウェアの開発拠点として有名な場所である。テンセント、ファーウェイ、DJI、BYDなど中国の名だたるテック企業の本社があることでも知られている。

また驚くのはその平均年齢の若さだ。平均年齢は33歳で、人口の9割が生産年齢人口と言われている。街を歩くとそれらの数字を実感することが出来る。多くの若者の活気で溢れており、同時39歳だった自分はこの街では完全に年輩の部類に属していた。僕の地元の東京は平均年齢が44歳なのでその差は大きい。日本にも若者のイノベーションを刺激する平均年齢30歳くらいの特区を作れないものかと感じたものだ。また、この街は中国で言うところの外地人(深圳以外の他の省から来た人たち)で作られた街なので、外の人に対して寛容な一面を持っている。2019年当時は、街中に”来了就是深圳人(来たらみんな、深圳の人)”というスローガンが掲げられており、外国人の僕にとってとても心地が良かった。

気候も一年中夏でもっとも寒い季節でも10度強ととても住みやすい。ただ、気候関連の耐え難い部分はもちろんある。毎年3月〜4月頃の「回南天」と呼ばれる超高湿気候だ。これは深圳に限った話ではなく広東省に当てはまるのだが南から流れてきた水分を含んだ暖かい空気が、北からの冷たい空気に接することで発生するもので、家の服や靴などがカビだらけになる。また、少し汚い話で恐縮だがもちろんGが多い。。。害虫駆除を実施することで避けられるが、マンション入室当初はかなりの量が発生し対応に四苦八苦したことは良い思い出だ(笑)。暑さが苦手な方には厳しいかもしれないが、僕は嫌いではないので深圳での生活は一部を除いて苦にはならなかった。

そして、外国人にとって住みやすさに影響するのは何といっても言語だろう。ここ深圳は広東省にも関わらず、ほぼ全員が※普通話を標準語として話す。広東省は大きく分けると広東語、潮汕語、客家語が主流だが、この深圳だけは先ほども述べた通り外地人で作られた街の為、共通言語は普通話だ。中国は他言語の国であり、上海語、広東語、福建語などは全く別の言語と思って良いだろう。俗に中国全土で話されると言われる普通語を勉強しても彼らが話す言葉は全く理解できないと思っていた方が良い。それ以外の例を挙げてみよう。例えば、僕の妻は四川省成都の出身で、彼女の地元に帰ると美しい普通語を話してくれる人は多くはない。四川語は比較的普通話に近いと言われているが、それでも声調や単語は独特の使い回しがあり普通話だけを学んだ外国人では全く歯が立たない。このような背景もあり、普通話でのコミュニケーションが浸透している深圳に僕は直ぐに溶け込むことが出来た。

※普通話(プートンホァ)と呼ばれる中国の公用語。外国人が学習するのも主にこの普通話である。

その他の特徴を紹介すると、※Guangdong-Hong Kong-Macao Greater Bay Area(粤港澳大湾区)と呼ばれる経済圏構想である。これはアメリカのサンフランシスコベイエリア、東京首都圏を超える大経済圏を作るという計画である。少し話は古いが、僕が住み始めた2019年は深圳と広州が地下鉄で繋がる計画が発表されていたり(距離は130km、東京から静岡の富士や群馬の沼田に相当する距離)、前年2018年に世界最長の海上橋である港珠澳大橋が開通されていたりなど、日本のスケールでは考えられないような大経済構想が打ち立てられていた。深圳のGDPは2022発表のデータによると上海、北京に次いで第3位、既に省都の広州を抜いている。このような経済圏構想はビジネスパーソンにとって押さえておきたい部分だろう。

※直近のデータによると粤港澳大湾区の経済規模は約200兆円であり、東京首都圏(約180兆円)を超えているようだ。

そしてもう一つの魅力は香港や東南アジアが目と鼻の先であるということだ。香港へは船、陸路、バスなど様々な越境方法があり、日帰りで買い物や遊びにも行ける。また、深圳や香港から東南アジア各国へのフライトが飛んでおり、アジアのハブ的位置付けとしても面白いだろう。僕はコロナの影響で予定していた東南アジア周遊は叶わなかったが、このような視点で深圳に滞在することで新たな発見が得られることも期待できる。

さて、これらが目立った深圳という街のマクロ的特徴だが、次回の記事では実際に街を歩いて、見て、感じことをよりミクロな視点から記述していきたいと思う。

COACHING-L代表
刈谷洋介

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