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「勝浦川」その20.火葬

敏雄の幼なじみのシゲちゃんが亡くなった。

シゲちゃんは、冷たい雨に長時間体を濡らしたことが原因で肺炎に罹った。だが肺の病というだけで周りからは「国民病」と謂れる病を疑われた。

家族は差別を受け人づきあいが出来なくなっていたし、身内でさえ肺の病であったことを気にした。
そこでシゲちゃんが亡くなって、シゲちゃんの父親が息子の幼なじみであった敏雄に密かに山でシゲちゃんを火葬してきてくれないかと頼みにきた。シゲちゃんく(家)には遺体を担いで山に登ることが出来る体力のある者はいなかったのだ。

敏雄は、口の堅い仲間を一人選んで二人で夜中にシゲちゃんの遺体を座棺に入れて運ぶことにした。
山の麓までは大八車を牽いて運んだが、山道は二人で座棺を天秤棒で担いで登ろうと考えていた。だが山の麓に着くと仲間の男は体力に自信がないことを理由に引き返すと言い出し、駄賃を返して帰ってしまった。敏雄は、あらゆる意味で気味が悪くなったのだろうと思った。仕方なく敏雄はシゲちゃんを座棺から出しておぶって登った。敏雄はシゲちゃんの病を気にしてはいなかった。


月明りを頼りに登ると町や麓からも見える墓地が在る。その先まで登ると火を燃やしても町から見えない少し開けた場所が在った。近くの山中に薪が積まれていることも敏雄は知っていた。敏雄は薪を積み上げてシゲちゃんを乗せて火を点けた。

一晩中かかってシゲちゃんを焼く間、子どもの頃にシゲちゃんといっしょにブラジルに行こうかと話し合ったことを想い出していた。

総領息子ではない自分たちは、いつかは家を出なければならないだろう。もし兵隊に行っても死ななかったらブラジルに渡って一旗揚げたいと思ったのだった。

敏雄は、やはりブラジルに行ってみようかと思ったが、シゲちゃんは熾き火に紛れてしまっていた。

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