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だから結局負けるんだよ 7

失敗を恐れるな、
という言葉があります。
そして、恐れがあると
どうしても上手くいかない
と考えられるのが普通です。

今の自分はこれに
賛成でもあり
反対でもあります。

これはスポーツでもそうですし、
受験勉強などもそうです。
自分の場合は
アメリカへの留学前に
私は明治大学を中退しました。

周りからは
"明治なんですか?
凄いですね!"
とよく言われますが

自分の第一志望は
早稲田大スポーツ科学部でした。
第二は日体大。

なので、明治に在学中の内心は
かなりもやもやしていました。
自分で決めた事ですが、
家族の意向をかなり汲んでいます。

まぁこの受験失敗から
アメリカで学士と修士を取得、
おまけにアイルランドの大学院ででも
二つ目の修士を修了、

更にはマレーシア、日本、
そして香港と3つの代表を
経験するとは思っても
いませんでしたが。

ここからから

上達をするためには
人生一度は絶対に失敗をしてはいけない
状況というものを経験する必要がある

という事を書いていきたい
と思います。

アートジャムで気づいた失敗の哲学

先ほどは自分の受験が
失敗した話を
書きました。

でも、失敗に関して気づいたのは
受験からではありません。
気付いたのは先日参加した
アートジャムの時です。

アートジャムというのは
アトリエ(?)、もしくは
アートスタジオを開放して
3‐4時間与えられた時間で
自分が描きたいものを描く
というものです。

自分は絵を描くことは
苦手ではありますが、
セラピーの一環として
やっています。

歴史の授業で学んだ美術史

皆さんは中高で文系でしたか?
自分は今理系の仕事をしてますし
理系修士を終了していますが
中高では理系の授業が
からっきしでした。

得意だったのは英語と歴史、
特に世界史が好きでした。
英語も世界史もいい先生に
恵まれて非常に興味深かったのを
覚えています。

英語は今自分の人生を
大きく変えてくれたのは
言うまでもありませんが、
もう一つ自分の生活を
変えたのは世界史です。

学校で学ぶ
社会に出て
一人になった時に
役に立つ学問は何か?
と聞かれれば

  • 家庭科(料理ぐらいできないと)

  • 保健体育(体の事を知っておく)

  • 倫理・哲学(自分の軸が欲しいなら)

  • 世界史(世界にでるなら)

  • 日本史(世界にでるなら)

ですかね。

もちろんやる職業によっては
数学や物理なども
確実に必要になってきます。

が、美術の歴史は興味深いです。

その国の人たちが何を見て
何を残そうとしたのか?
何を重要視していたのか?
などが凄くわかるからです。

先日タイのバンコクに
親友と言ってきた話をしましたが
そこで見たタイ寺院の絵が
素晴らしかった。

一番の見せ場は
横になっている仏陀なのですが、
壁や天井には
システィーナ礼拝堂のごとく
びっしりと絵が描かれていました。

ヒューストンでの経験

自分は美術史から
昔は絵具が非常に高価だったことを
アートジャムで自分の絵を
描きながら思い出していました。

でも、今はそんなに高価ではない。

だからいくらでも失敗できる。
だってそんな大したお金ではないし
ミスしても代わりのキャンバスや
いくらでも手に入る。

いくらでも失敗できる
今の時代は失敗の価値が
低くなっているのかな?
そんな風にも思います。

ここからヒューストン大で
ATのインターンをしていた時
野球チームでリクルートと
内野手を担当していた
コーチの言葉を思い出します。

”私が若い頃は打席に立つ、
それだけで大事だった。
でも、今の選手達を見ろ。
打席に立ってもカジュアルなんだよ。
また次があると思っているのかも
知れないが。”

更に彼が続けて

”Who guaranteed that you have
another (opportunity to play)? ”
"誰が次も(プレーする機会が)
あるなんて保証したんだ?”


自分の今の生活もそうですね。

失敗したら次がない事を経験する

絵を描いていて思ったのは
失敗したら、もう次がない。
次の画材がない
次の材料がない
次の機会がない

これがプレッシャーとなって
つぶれていってしまう人も
沢山いると思います。

が、ここできっちりやり切れる人や
失敗から這い上がれる人は
強いんやないかな?
と思っています。

ミケランジェロや
ダ・ビンチの伝記を
読んだことがないので
勝手な想像ですけど、

今のように
そこまで量が出来ない時代に
一本一本に全神経を集中
し続けた芸術家達の
偉大な作品は
心を鷲掴みにします。

彼らも沢山の練習をして
量をこなしたに違いないけど
やっぱり一つ一つの質が
違ったんじゃないのかな?
と思います。

だって当時の大金持ちが
スポンサーについているとはいえ
練習に使える材料も
少ないでしょうし。

量一つ一つの質を
高くしたければ
失敗できない状況を
経験しておく必要は

上達をする上で
どこかで必要ではないかな
と思っています。

いつまでも失敗してもいい
というぬるま湯にいては
いつまで経っても
次のレベルに行けないと
思います。

宮本慎也さんの言葉に見た、質も担保する量の練習

スポーツだけでなく、
音楽や絵画、チェスなども
含めて何かをマスターする、
熟達するという事は
長年、多くの科学者たちが
情熱を注ぎ調べてきたトピックです。

そして、上達するためには
量と質、どちらを
大事にするのか?という質問は
多くの論争を引き起こしてきました。

自分は両方だと思っています。
先ほど失敗出来ない状態を
経験するという事もそうですが

日本語では自分が
一番嫌いな言葉でもあり
素晴らしい言葉があります。
”もったいない”です。

諦めが悪くなるという点では
この言葉は嫌いですが、
一つ一つの事を大事にしていく
という意味合いでは
この言葉素晴らしいです。

元ヤクルトスワローズで
活躍された宮本慎也さんの
言葉が自分には響きました。

”キャッチボールって
肩慣らしにしたら
もったいないな。”

そうなんですよね。
野球選手であれば
キャッチボールぐらいは
プロレベルになれば
今まで何千何万回と
やってきています。

サッカー選手であれば
パス練習もそうでしょうか?
こういったシンプルな
練習ですら意味のある練習に
出来れば様々な事が
分かってくるんでは
ないでしょうか?

お勧めの本

飲茶さんが描く哲学の本です。

漫然と生きるな!

その言葉と範馬勇次郎の
絵に引かれて買った
この哲学書。

お勧めです。
毎日を大切に生きていける
ようになると思います。

是非!

以上

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