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さよなら、叔父さん
叔父が死んだ。
昨日がお通夜で今日が葬儀。故郷から連絡を受けるも、忙しいの真っ盛りで帰省できずだ。カツカツの人数でやりくりしている弱小企業では、急にぜんぶの仕事を他人に預けて2~3日休むことが憚られる。そういえば本家の伯母が死んだときも、忙しいの理由で帰省せずだった。
いや、仕事は言い訳かもしれない。故郷を離れてから、暇でもめったなことで帰省しない私だ。郷土や家族・親族への愛が薄いのか、ノスタルジー的なものが琴線にふれない人間なのか、はたまた単に面倒くさがりやなのか…。
実母の葬儀でさえとんぼ返りで、その後の年忌法要にも帰省したことがない。なにかの用事で数年ぶりに帰省しても、母の仏壇に手を合わすことも、ご先祖様の墓参りに行くこともせずに大阪に戻ってくることがある。その母も生前、私が「ねぇ、ばぁちゃん(母の実母)のお墓ってどこ?」って聞いたきに、「知らんのよ。あそこの霊園にはお墓があるんじゃけど、広すぎて墓地の場所が分からんのよ。行ったことないけんね」と返事をしてきた。親子揃って、なんか、こう、人としてダメなような気がする。
そんなことを考えていると、お通夜で帰省していたイトコのお兄ちゃんから、叔父の結婚式の集合写真がスマホに送られてきた。うまいこと画像処理したような、淡いきれいなセピア色。写真の左半分、新郎側が私の縁者だ。私もちんまりと、母とイトコのお姉ちゃんの間に挟まって写っている。当然ながら、みんな若い。一人ひとりの顔をじっくりと眺めながら、一人ひとりとの思い出を振り返っていたら、なんだか涙がぽろり、泣けてきた。この人たちの命があって、物語があって、いまの私が生きているんだなと。あれ?私案外、センチメンタルな人間かも。いやいや違うな、きっと年齢のせいだ。さっき泣いたのに、うふふと笑っちゃう。
写真の中央にかっこよく納まっている誠おいちゃん、私を今までありがとう。どうぞ安らかに。そして、母によろしく。