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島根大学社会教育主事講習の授業を紹介します:往還ゼミ
島根大学の社会教育主事講習で実施している「社会教育演習」の授業をご紹介します。
島根大学社会教育主事講習の「社会教育演習」(通称「ゼミ」)では、受講者の所属・勤務する現場を題材とした問題解決型学習(PBL:Project Based Learning)に取り組んでいます。ゼミは、受講者5名、講師2名程度の少人数で行い、受講者相互の学び合いや講師による丁寧な伴走を大切にしています。
この記事では、2022年度に実施した12のゼミの中から1つをご紹介します。
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往還ゼミ
理論と実践の往還。
現場を持ちながら学ぶ大人の皆さんなら、一度は意識したことがあるのではないでしょうか。
このゼミのサポーターである私、奥田もそんな一人です。
高校と地域をつなぐコーディネーターとして働いていた7年前から島根大学地域・教育コーディネーター育成プログラムに関わり始め、県の教育委員会に移ってからは、本社会教育主事講習を1期生として受講し、社会教育士を取得しました。現在は大学院で学校と地域の協働とウェルビーイングについて研究しながら、仕事をしています。
現場で実践する中で、こうすればなんとなくうまくいくというのは見えてきた気がするけれど、理論的にも整理したい。逆に、壁にぶち当たって過去の取り組みや理論を学んで、次の一歩を考えたい。
現場で試行錯誤はしているからこそ、知識や理論が必要になる、そんな実感があります。
このゼミはそんな皆さんのために作りました。
ゼミの概要
このゼミのテーマは「島根の過疎の歴史と先進性」。
今年度から新たにサポーターとして加わった、島根県立大学地域政策学部准教授の田中輝美さんを軸に、2人で担当させてもらいました。
ローカルジャーナリストとして各地の取り組みを取材・発信し、また研究者として「関係人口」の研究をされてきた輝美さん。一緒にどんなゼミができるかなと楽しみに臨んだ事前の打ち合わせで出てきたテーマが「過疎の歴史」。
新しいことを生み出すには、過去を学ぶことが重要。予想外のテーマでありつつも納得したのでした。
過疎の発祥地・島根の過疎の歴史。人口減少の最先端だからこそ起こってきた全国に先駆けた先進的な取り組み。先人の歩みや苦闘に触れることで、これまでとは地域の見え方がきっと変わるはず。
そんな想いから、このゼミでは、文献の輪読を通じて歴史や理論を学びながら、これからの地域社会について、またそこに自分自身をどう位置付けていくのかを考えることにしました。
他のゼミは自身のプロジェクトを進めるものが多い中、やや異色のゼミだったと思います。その呼びかけに応えてくれたメンバーの立場は、市町村行政(公民館)、県行政、高校教員、地域づくりに関わる財団職員、大学院生と様々。年代や住んでいる地域も多様です。
前半:歴史を辿り、それぞれの関心を紡ぐ輪読
前半は輝美さんのよく練られた構成の元、次の5冊の文献を輪読しました。
日本の過疎地帯 今井幸彦 (1968年)
学歴社会のローカル・トラック 吉川徹 (2001年/新装版2019年)
日本の地方政府-1700自治体の実態と課題 曽我謙悟 (2019年)
みんなでつくる 中国山地2019 NO.0 のろし号 中国山地編集舎 (2019年)
関係人口の社会学―人口減少時代の地域再生 田中輝美 (2021年)
それぞれの関心をもとに担当する文献を決め、各回の担当者は、要約と意見をまとめてくる、担当以外のメンバーも読んでゼミで話してみたい問いを考えてくるという形で、なかなか準備がハードなゼミの一つだったと思います。
でも、同じ文献を読んだからこそ、それを前提に、でもそれぞれに異なる立場から出てくる問いやそこから始まる対話は深まります。
歴史的な変遷や現状を知ったからこそ、今を見る目が変わった、視野が広がったという声や、自分自身の立ち位置や、新たな問いが見つかったという感想も多く聞かれました。
回を追うにつれ、各文献のつながりも見えてきたりして、とても濃厚な前半でした。
後半:自分の現場、自分のこれからにつなぐ対話
これまでの輪読を振り返りつつ、後半で対話したい問いをメンバーから出してもらい、それらの問いを踏まえて後半は次のような流れで進めました。
あらためて各自の現場での実践と現時点での問いの共有
住民としての自分、仕事としての自分、社会教育士としての自分の役割の3つの丸とその重なりを整理する(下の図参照)
丸の重なりを踏まえて自分の「肩書き」を考える
この講習を含めた1年の振り返りと今後への抱負の宣言
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最終的に講習全体で考えてきた、現場のことや理想の社会教育士像、いろいろなものがつまっているそれぞれの「肩書き」は、「いつでも一人公民館」、「地域のポジティブカウンセラー」などその人らしさが溢れています。共に過ごす時間を重ねてきたメンバー同士では、お互いに「ぴったり!」との声も。それぞれに自分自身もしっくりくるあり方が見えてきたようです。
感じている違和感なども場に出しながら、同じものを共有してきたからこそできる対話があるなと感じる時間でした。
番外編:ラストゼミ@島根県浜田市
こうして、約半年の講習は無事終了したのですが、私たちには番外編の最終回がありました。
メンバーの住んでいる場所からちょうど同じくらいの移動時間で行ける場所にある、輝美さんの働く島根県立大学浜田キャンパスに集合。島根での実践を聞いたり、実際に活動しているフィールドに連れていってもらったりしながら、ゼミでの半年を振り返りました。
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次の一歩も共有しつつ、またそれぞれの現場で取り組みながら、ときには皆で集まろうと約束して解散しました。
集中して短期間でプロジェクトを進めることも価値があります。でも、じわじわ効いてくる歴史への理解や理論、多様な立場のメンバーでの対話、次につながる新しい問いが自分を、現場を動かすこともあると思うのです。
そんなことを感じた半年間の往還ゼミでした。
サポーター 奥田麻依子