Breath story 2
ソーシャルディスタンスというワードが世の中に一瞬にして浸透した。
人は皆距離感を保ちながら自己防衛をする。
マンションの階下にある郵便受けでもいつもなら挨拶くらいはしていたのに
いつからかよそよそしい態度になっていく光景をよく見かけるようになった。
疑いを緩めないことが人の生活においていいことなのかどうか僕には曖昧なボックスにソートされたままだ。
夕方遅くに事務所から呼び出された帰り道、少し前を歩くのはいつものあのヒトの後ろ姿だった。
朝よりもちょっぴり猫背になっていて、荷物は朝より倍。
買い物でもして帰ったのだろうか・・・
たまに立ち止まって、肩で呼吸をしている。
遠くからはわからないけれど、どうやらお疲れのようだ。
ご苦労様なんて僕には言えないし、言えた義理ではない。
マンションのエントランスに先に入ったあのヒトの姿を追うように、僕も時間差で入っていく。
あ・・・
僕はとっさに近寄ってしまった。
「大丈夫ですか?気分すぐれないようだったら・・・」
集合の郵便受けの前でうずくまっている姿を見て声をかけずにはいられなかった。
背中へ手が伸びてしまいそうなその時に、後ろから声がかぶさってきた。
「・・・ママ?ちょっと、大丈夫?」
そしてあまりにも近い距離にいた僕に牽制の目を向け
「すみません、もう大丈夫ですので」
と大人びた言葉が投げつけられた。
どうぞお大事にとか、そういう気の利いた言葉は一切出てこない。
でも、ごめんなさい、だけはかろうじて言えた。
きっとどこの誰かかわからない奴が、自分の母親に触られているのも嫌なのだろう。
こんな世の中だ、どこで感染するかわからないって分かってる、僕だって、そう。僕だって。
いくつくらいなのだろうか、中学生くらいのその子に支えられながら、
よろよろと立ち、大丈夫?いつもの貧血?と小さな言葉をかけられながらエレベーターへ消えていった。
お母さん、なんだ。
子ども、いるんだ・・・
もう
誰かのものなんだ・・・
軽く頭を殴られたような感覚なのはなぜだろう。