産qレース 第九話
最初の徳川との飲み会から、もうすでに1ヶ月経とうとしていた。季節も、冬から春へと移り変わろうとしている、3月某日。
やすこは、初めて徳川と二人きりで食事に行くため、新宿の待ちあわせ場所へ向かっていた。初めて会った飲み会の直後に何日も候補日を提示されたにも関わらず、帯状疱疹後にも謎の皮膚炎になったり、明智信子の件などで残業も続き、なかなか体調が戻らず、時間だけが経ってしまった。
やすこが1週間前にメールで予定を伝えると、すぐにお店を予約してくれた。
待ちあわせ場所にも、徳川はすでに到着し、やすこを待っていてくれた。
「久しぶりですね。体調は大丈夫ですか?」と徳川は、屈託のない爽やかな笑顔で、話しかけてくれる。
「お陰様で元気になりました。」と久しぶりの再会で数日前からかなり緊張気味のやすこだったが、徳川に会って、少し緊張がほぐれた。人と会うときは、初めてよりも2回目の方が緊張してしまう。
高層ビルの上層階にある鉄板焼屋さんを案内された。
『お金持ちは、こういうところで食事をするのか』
やすこは、一般家庭で育ち、家族も多かったため、ファミレスのようなチェーン店以外で焼肉を食べるのは初めてだった。その上、鉄板焼屋さんは、未知の場所だった。
「体力をつけてもらおうと思って、鉄板焼屋さんにしてみました。僕も初めてなので、どんな感じかわかりませんが、口コミは良かったです。」
やすこは、その言葉に少し安堵した。
席につき、徳川は、やすこに苦手なものやアレルギーを確認してくれると、コースを二人分注文してくれた。
都会の夜景を見ながら、サラダやスープ、メインの魚やお肉とシェフが全てをやってくれる。
「やすこさん、僕も中学受験のときに帯状疱疹になってびっくりしたんですよ。体のことで心配なことがあったら、何でも聞いて下さい。内科系は研修医の時にほとんど回ったので、応急処置程度ならわかりますよ。」
「ありがとうございます。もっと、徳川さんに早くご相談すれば良かったです。」
食事中、自分の家族の話やお互いの病院の話や高校や大学時代、休日の過ごし方など、他愛も無い色んな話をした。徳川は、一人っ子で会社員の父と専業主婦の母の両親に溺愛され、小学校から有名私立に通い、国立大学医学部を卒業した超エリートだった。それなのに、まったく奢り高ぶる様子はなく、庶民的な感覚を持ち合わせているところに好感を持てた。
そして、徳川はやすこが飲み会の時に話した内容をよく覚えていてくれることに感心した。
『頭がいい人は、よく聞いているし、よくおぼえてるんだなぁ』
あっという間に時間は経ち、やすこが気が付かないうちにお会計も済ませてあった。何をするにも徳川は、スマートだったことにやすこは感動した。
お店を出た帰り道、徳川は、やすこを駅近くの公園に誘った。
「今日のお店は、いかがでしたか?結構、美味しかったかなって思ったのですが。」
「鉄板焼のお店は初めてで、とっても美味しかったです。ありがとうございました。」
「やすこさんと色々お話できて、とても楽しかったです。やすこさんは、どうでしたか?」
『どう?って、どう答えれば正解だろう。。。』
やすこは悩みつつ答えた。
「徳川さんの誠実で優しいお人柄が伝わって、とても楽しい時間が過ごせましたよ。」
「そうでしたか。単刀直入にいいます。僕もやすこそんもお互いいい歳だし、結婚とかも考えながら、僕とつきあってみませんか?」
『いい歳って、私、徳川さんに年齢いったことあったっけ。。。まあ、いいか。』
徳川の小学生のよう純真無垢で真剣な瞳に圧倒されながら、予想しない展開に、唖然としつつ、やすこは「お願いします」というのが精一杯だった。
ここに、一組のカップルが誕生した。
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