産qレース 第二十一話
翌日、やすこと信子は、リハビリ部長の清和の元へいく。
やすこは、歯ブラシの件や連絡書類のデータが消去されていたり、破棄された件について。信子は、消毒用アルコールが混入された件や斉藤さんからのメールについて話した。
清和は、話を聞き終えると
「徳川さんも織田さんも、嫌な気持ちになったことはわかる。ただ、多くは証拠がない。ここは、病院だから、コストや個人情報保護の観点から、監視カメラなどは設置できない。それに、共有パソコンに大切なデータを残してはいけないよ。あまり人を疑わず、二人とも産休に入るまでの間、斉藤さんとできるだけ仲良くやって下さい。」
『やはり、なんの解決にもならなかった。言っても言わなくても、変わらなかった。』
やすこと信子は、同じ気持ちだった。
清和の部屋から出ようとすると、
「ちょっと、織田さんに話があるから、残って
くれる?」と清和から信子が呼び止められた。
やすこは、会釈をして、スタッフルームにもどった。
やすこは、仕事を終えて帰ろうとしたところに、先程よりも更に元気がない信子が戻ってきた。
やすこは、「どうだった?」と話しかけた。
「清和先生から、わたしが患者さんを故意的に転倒させたり、リハビリと称して、荒療法をして症状を悪化させていると投書があったらしくて。
私、技術はいまいちですけど、故意的になんてしたことがありません。
やすこさん、私は故意的になんてしてないですよね?」
「そんなこと、だれが。織田さんは、一生懸命やってるよ。ちゃんと見てるよ。」
「清和先生からは、事実関係は確認できないから、ひとまず投書の内容は保留してくださるみたいで。あと、技術の向上をって、言われました。」
「でも、技術の向上って、今は妊娠中だから、難しいよね。」
「はい。清和先生もそれはわかってくれていたので、大丈夫だと思います。ただ、仕事をしていく自信がどんどんなくなっていて。」
「それか、でも、織田さんは産休までもう少しだから、無理せず行こう。落ち着いたら、また練習しよう。」
「はい、ありがとうございます。」
やすこは電子カルテの業務を始めてしまい、先に信子を見送り、結局残業をしていた。帰り際、まさえに会い、一緒に駅まで向かう。
やすこは、最近の不可解な出来事をまさえに洗い浚い話した。
「それやったやつ、性悪だね。たぶん、斎藤帰蝶だよ。」
「やっぱり、斉藤さんなのかな。これから、どうすればいいか?」
「帰蝶が前に、私に愚痴ってたんだよね。やれ結婚だ、やれ妊娠したとかで、レースで競うように休暇を取り合っていて、誰も仕事の心配とか、残されたスタッフに配慮したり、患者さんの事考えてないって。
でも、私に言わせれば、帰蝶だって同じでさ。
初めは、やすこが忙しそうだから、電子カルテ係をお願いできないかって、帰蝶に聞いたんだよ。でも、そんなのは難しいから、自分は絶対に嫌だって、断ってきたのは、帰蝶なんだよ。
仕方なく、やすこに仕事がいっちゃったの。ごめんね。」
「そうだったんだね。すっかりまさえに嵌められたと思ってたよ。その話が聞けてよかった。あと、妊娠の事を伝えられなくて、こちらもごめんね。なんか色々あって、頭が混乱してて。」
「働きながら、妊娠して、出産して、育児しながら仕事をするって、本当に大変だよね。傍から色んな人見ていて、尊敬する。私も、早くそっちの世界に行きたいけど、この人っていう人がなかなか現れないからね。もし、そうなれたら、ご指導よろしくお願いします!」
「まさえなら、なんでも要領よくこなすから大丈夫。でも、まだまだ迷惑かけるかもしれないけど、こちらこそ、よろしくお願いします。」
駅の改札を通り抜け、手を振って分かれて、お互い違うホームへ向かった。後ろは、振り返らずに。