産qレース 第十五話
信子とやすこが一緒に帰った数日後の金曜日。表参道の小洒落たイタリアンのお店でやすこと信子は食事をすることにした。
信子の予定に合わせて、やすこが予約した。
信子は、3連休の初日で、やすこも明日から久々の土日休みだ。
「やすこさん、おめでとうございます。」
「明智さんは、正社員と結婚のダブルでおめでとうございます。仕事に慣れて、職場にもすっかり馴染んだね。」
「やすこさんのおかげです。源氏さんも戻ってきたし、最近は伊達ちゃんと勉強会に一緒に行ってるんですよ。あと、斎藤さんとも仲良くなってきました。斎藤さんは、卓球やってるみたいで、元卓球部だったとを話したら、一緒にやろうって。連絡先も交換しました。」
「さすが、明智さん。懐に入るのが上手だね。」
「ところで、やすこさんは、結婚式いつでしたっけ?結婚式場はどこにきめたんですか?」
「11月の最初の土曜日だよ。まるまる館っていうところ。日本庭園がきれいで気にいったし、彼の両親の知り合いがいて、色々サービスしてもらえそうだから。明智さんは?」
「私は、まるまるホテルです。12月って寒い季節だから、どうかなっておもったんですが、もう予約がいっぱいで。一年前くらいじゃないと遅いんですよね。それに、12月だと少し安いので、織田さんがいいいんじゃないかって。もう、仮予約のお金も払っちゃいました。」
「でも、12月だとクリスマス仕様になるから、いいんじゃない?知り合いの結婚式が12月だったけど、とてもクリスマスの飾りがきれいだったよ。」
「そういってもらえると嬉しいです。結婚式って、色々お金がかかるから、どこをかけて、どこを削るか悩むんですよね。」
「お花はケチらない方がいいとか聞くよね。ムービーとかどうするの?」
「ムービー本当に高くて、色々調べて自分でやることにしました。あと、できるだけ手作り系で頑張ろうと思って」
「結構、期間なさそうだけど、頑張るんだね」
など、結婚式場や準備について、新婚旅行の話でひとしきり盛り上がった。
「ところで、やすこさんの彼氏さんはなんてお名前なんですか?」
「徳川さんです。」
「やすこさんは、徳川さんになるんですね。」
「徳川さんは何科のお医者さんなんですか?」
「内科だよ。全般が診れるみたい。私も、聞いたけど、詳細はよくわからないんだ。」
「織田さんと一緒ですね。結構、忙しいんですか?」
「当直とか、オンコールとか忙しいみたいだよ。」
「織田さんは、あまり当直とかオンコール少ないみたいで、でも、開業医になりたいからって、休みの日はアルバイトへ行ってます。だから、そんなに会えなくて。」
「でも、三連休だったから、明日とか会うんじゃないの?」
「そうなんです。あまり、結婚式とか積極的じゃないので、お休み中に色々決めようと思って。」
「ところで、彼が医者であることは、あんまり言わないでおいてほしいの。私は、明智さんみたいに美人なわけでもないし、徳川さんも開業とか目指すよりも、臨床とか研究とかの方が興味あるみたいだから、共働きで普通のサラリーマンみたいな感じでやっていきたいんだよね。旦那さんがお医者さんだったら、働かなくていいじゃんとか思われるの嫌だし。私自身が、仕事楽しいから、できるだけ働いていきたいと思ってるの。」
「やすこさんのその気持ち、わかりますよ。私も、子供が出来てもできるだけ働きたいと思っています。織田先生は、一緒の職場だから、バレちゃいますけど、やすこさんは内緒にしておきますね。」
「ありがとうね。」
その後も、新婚旅行や結婚に至るまでの話、職場の人間関係などで話は尽きなかった。
「やすこさん、今日はごちそうさまでした。美味しかっし、楽しかったです。」
「こちらも明智さんの話を聞けて、本当に勉強になったよ。ありがとうね。では、また職場でね。」
互いに手を振りながら、雑踏に紛れ、信子は織田の元へ、やすこは自宅へ帰った。
翌週の月曜、信子は急遽午後からの出勤になった。
午前中にやすこはまさえに会ったため、信子と織田が結婚することと、徳川が医者のことなどは他言無用であることを念入りに伝えた。
やすこが徳川の職業を明かさない理由はもう一つある。それは、女性ならではの嫉妬や僻みを回避するためだ。女性は、マウンティングで下と思っている人が自分よりいい条件での結婚や子供の進学などを嫉妬する傾向にあると、姉妹や女子校生活から骨身に染みている。それは、いいなぁー程度から、恨みに思うまで差があるものの、女性が多い職場では十分な配慮と注意が必要なのだ。
まさえは「わかった。気をつけるね!明智さんもやすこも忙しくなりそうだね。」と優しく微笑んだ。
月曜日、午後から出勤した信子は、臨床が終わるとどうもバタバタしていた。
やすこが声をかけると、
「やすこさん、急なんですが、希望の結婚式場が空いて、結婚式の日取りを10月にすることになったんです。源氏さんと清和先生もお呼びするので、日程調整をお願いしなくちゃいけなくて。先生方見ませんでしたか?」
「見てないよ。なんで、12月から10月にしたの?仮予約のお金も払ったって話てたよね?」
「いや、それほど気に入った式場ではなかったので、織田先生と相談して、変更したんです。」
すると、信子の院内電話がなった。
「清和先生からだったので、私ちょっといってきますね。」
『やられた。2ヶ月前倒しして、私の前に日程を組まれた。なんで、色んなことを話してしまったんだろう。私は馬鹿だ。こちらの手の内は全て相手に筒抜けだ。』
やすこは、呆然とした。その後も、ほとんど仕事が手に着かなかった。それを後目に、信子は調整をし終えて、さっさと職場を後にしていた。