習慣化している「心の自傷」をやめるには
わざと不安定になることで、気持ちを落ち着かせようとする。
私は最近、自分がこのような傾向にあるのではないかと思い始めた。私は時々自分が、心が安定している状態を敢えて壊そうとしているように思える時がある。
調子が良い日々が続くと、その反動のように落ち込んだり、精神的に不安定になったりする。周期的な問題なのかもしれないが、なんとなくそれだけじゃないような気がするのだ。
私は時々フラッシュバックのように、過去の失敗などの嫌なことを思い出すのだが、通常は嫌な記憶をすぐに頭から追い払おうとする。できれば思い出したくないことなので当たり前だ。しかし、自分の機嫌が良い時間がしばらく続いたときにフラッシュバックが起きると、その嫌な記憶を留めて、嫌な記憶の連想を始める。
日常生活では忘れていたようなことも、連想でどんどん思い出す。傷口を広げては、また古傷を見つけ、それを抉り出すようなことをしている。これでは精神的な自傷行為だ。
勿論、なんの得にもならない。自分のことはどんどん嫌いになるし、それに派生して他人のことを嫌いになることもある。本来やればできることも出来ないと決めつけて、可能性を潰すことにもなる。
これはなんなのだろうか。
調べてみると、あるブログ記事を発見した。
心の自傷癖
「生きづらさの理由を探すアカウント」と名付けられたこのブログでは、自分の心を自分自身で傷つける習慣のことを、”心の自傷癖”と呼んでいる。
"心の自傷癖"の怖さの項目に、ドキッとするものがあった。以下は抜粋。
古い傷跡を広げるのも自傷
これが個人的に一番やばかったなと思うんだけど、過去に受けたトラウマや精神的苦痛(=傷跡)を掘り起こすんだよね。
カサブタをいじる感じから始まって、最終血が出るまでこすったりするみたいな。普通に考えたらありえないわけ、みんなしないでしょ?
治りかけの傷跡を触りまくってひらきだして血が出て痛いなぁ。ってやらないでしょ。
でも習慣だからやるの、それが普通だと思ってるからやるのよ。
心の中だから血も出ないし。それが異常だってことがわかんないんだよね。
「過去の傷跡を掘り起こす」これは私がやっていることそのものだ。習慣だからやる。血が出ないから異常だってことがわからない。これには、なるほどそうかもしれないと思った。
私は結構頻繁に子供時代の嫌だったことも思い出す。考えてみれば、これって普通は有り得ないことだ。本当だったら、最近起きた嫌なことを思い出すはず。子供時代の記憶は、わざわざ掘り起こさないと出てこない記憶だ。
これは確かに異常なのかもしれない。
止めるには
こんななんのためにもならないことは、一刻も早く止めたい。
この記事には、改善のためのヒントも書かれている。
まずは自覚すること。これはクリアだ。今日やっと自覚することができた。この記事の筆者は、頭の中で自分を攻撃した言葉をメモしたらしい。それだけでなんだか落ち込みそうだが…
次は、”やめる”ではなく”減らす”。考えないようにするのは無理らしい。「傷つけ始めると自分の感情が暴走して満足するまでし続ける」と言うことなので、思考を切り替えると言うことが大切だそう。具体的な方法についても書かれていたが、ここでは省略。
やめるのはなかなか難しいようで残念だが、減らすことはできるようだ。
最後に
冒頭に、わざと不安定になることで、気持ちを落ち着かせようとしていると書いた。これは、半分正解で、半分不正解だ。気持ちを落ち着かせようとする以前に、習慣だから自傷する。そして、不安定なのが普通の状態なので、結果的に落ち着く。こう言うことだったのだと思う。
”心の自傷癖”を、私はやっと自覚することができた。これから、無意味に自傷をするようなことは減らしていきたい。
自分の衝動に名前がついて、それだけで少し心が軽くなった。名前がつくと安心する。何者かわからない恐怖や不安が、名前で呼べるようになっただけで一気に和らぐ。新しい気づきになった。