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死生観

 父の死後、より一層明確な死生観を持つようになった。自分の死を考えることで父の死をも受け入れることが出来た。私は既に息子とタイの同志に「友人葬」で送ってくれるよう頼んである。遺灰をメコン川に流すことが許されれば他に言うことはない。古代より生命、文明、経済をはじめとする全ての起源は川であった、だから再び川へ帰って行く・・・タイ語で川を「メーナーム」(母なる水)と表現する所以である。

 宮本輝の小説「にぎやかな天地」は「見えないもの」への畏敬の念が発酵食品を通して書かれている。父の遺品の中から偶然見つけたそれは、生前読書家だった父の本棚に収めるにはやや居心地が悪そうだ。恐らくお見舞いに来て下さった方から頂いたか、或いはあまりにも退屈な入院生活をしのぐために売店で購入したのだろう。私は迷わず手にすると夢中になって読んだ。そして死期を悟っていたであろう父がこの小説とどう向き合ったのかに思いを馳せた。

 先哲の知恵で生まれた日本の食文化の1つである発酵食品には夥しい数の菌が生息し、それぞれが非常に良い働きをすることで美味しさを醸し出すそうだ。その菌を目視することは出来ない、しかしそこには確かに菌が存在する。

 「死」は「生」以上に多くのことを示唆する、そういう意味では「死」さえも形を変えた「生」の一つではないかと思う。


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