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ニュー・トリコロール・ネイションズ

パリオリンピック2024の開会式、賛否両論いいですね。いやいや東京2020だって負けてないとか、ロンドンのほうが良かったとか。バルセロナのときの弓で聖火を点灯させたおじさんのメンタルいまさらどうなってたんだとか。意見はいろいろある。この反応こそ国際色。通りすがりの天才としては、フランスという国が受容する美的感覚に、国民感情の豊かさに、現代になってもなお色濃く残る市民革命の余韻に。ただただ感動、爆笑したというのが率直な感想だ。メディアもSNSも、どこか断片的で直列つなぎのイメージが湧かない。納得できるトータルな日本語の解説が存在していない。あの開会式は自分にとって何だったのか。後の人生にとってきっと大事なことなので書き残しておく。

ミニシアターから飛び出したのはいいけれど

日本の芸人デンジャラスのノッチかと思った

パリ2024の開会式は、あらかじめ作り込まれた映像パートとライブパフォーマンスパートが入り混じった形式で進行した。計算されたプログラムと何が起きるかわからない生きたパートが交互に展開することで適度な緊張感を担保していた。映像の冒頭、誰もいないスタジアムで聖火を持ってキョロキョロする男が登場。どこかで見たことがある。そう、アメリの住むアパートメントの近所にある食料品店で働いていた男だ。彼が開会式冒頭の大舞台でおっちょこちょい役を演じている。各国のニュースキャスターが、今回の開会式がスタジアムの外で行われることを告げるとサッカー元フランス代表のジダンが画面に登場。スタジアムの外側で行われる夏季オリンピック史上初の開会式を短時間で色濃く印象づけた。

子どもたちへ手渡された聖火

ジダンが聖火を子どもたちへ託す印象的なシーン

アメリの友達リュシアン(ジャメル・ドゥブーズ)から聖火を受け取ってジダンは街へ繰り出す。車の渋滞、混み合うオープンカフェをドリブルのように切り抜けて地下鉄の駅の構内へ。電車に飛び乗ってまもなく、何らかの大人の事情で電車は止まってしまう。聖火を目的地まで届けなくてはいけないジダンは、未来の象徴とも言えるその聖火を子どもたちへ託す。

パリの地下には600万体の骸骨

本当にパリの地下には骸骨が埋まっている

聖火を託された子どもたちは駅の構内にある扉から地下トンネルへと抜けてゆく。その途中、聖火に無数の骸骨が照らさせる場面がある。これは単なる演出ではない。パリの地下には本当に骸骨が埋まっている。あの映像のロケ地はおそらく地下墓地カタコンベ。石の採掘場だった場所がパリの地下に多くあり、地盤沈下などの原因となっていた。一方でパリの地上では墓地が不足していた。だったら骨を埋めてしまおうということで600万体もの骨を移送したらしいのだが、華やかな表向きのパリしか知らない人はショックだったかも知れない。ちなみにこのカタコンベは観光地として開放されており、予約しないと入れないくらい人気のスポットとなっている。骸骨のキーホルダーとかも売っている。文字通り死臭が漂っているので万人におすすめしない。

ベールに包むのがたいへんお上手

謎の存在が子どもたちを舟へと誘う

かつて訪れた2023年のパリでは、オペラ座が改装中でその大部分がベールに包まれていた。フランスといえばベールに包むのが上手な印象がある。ヴィドックという2001年公開の映画では、犯人の顔が鏡に覆われていた。オペラ座の怪人もダフトパンクもなんだかベールに包まれている。もはやお家芸と言っていいだろう。開会式では、聖火を受け取った子どもたちを先導する役割の者がベールに包まれていた。現代っ子たちはその姿をUBIソフトのアサシン・クリードというゲームキャラクターとイメージを重ねたようだ。謎の存在が、開会式のストーリーを牽引しているところが実にフランスらしいではないか。

選手団の入場にピンクと黒の花を添えたレディー・ガガ

おもしろさと美しさが同時に来るガガ様

選手団の入場をピンクと黒で彩ったのがレディー・ガガ。披露したパフォーマンスはフランスを代表するジジ・ジャンメールという歌手でダンサーだった人物のカバー。このパフォーマンスを元々開発したのがローラン・プティという振付師で、彼の衣装を当時クリスチャン・ディオールが作っていた。今回のガガ様の衣装をディオールが作ったのも、そんな所縁があったようだ。それにしてもレディー・ガガ、今秋にはジョーカーの最新作の公開が控えている。映画の中でも大暴れしているようだし、2024年以降も世界的なエンターテインメントの覇者として君臨してゆくだろう。実力があって、衣装にこだわってて、知性があって、どこか物悲しい。それでいてユーモアがある。

市民革命とマリー・アントワネットとヘビーメタルと仮装大賞

首元がわりとグロテスクですね

開会式の中盤、かつての市民革命を思わせる映像が流れて、その直後に生放送で映し出されたのがギロチンで落とされた首を自ら持つマリー・アントワネットの姿だった。グロテスクな展開に賛否両論あったようだが、僕はこのパフォーマンスをヘビーメタルとオペラで演出したところも含めて拒絶感はまったくなかった。むしろ形式だけのデスやゴシックになりがちな音楽パフォーマンスを、自らの国の成り立ちと直列でつなげられるところにフランスの強さを感じた。ヘビメタだから長髪にしようとか、デスメタルだから骸骨を配置しようとか。とってつけたようなスタイルではない。血飛沫にも、飛び交う炎にも、歴史的意味がある。余談だけどやがて本筋とつながる話なのだが、あの手で落ちた首をささえるギミックは元々日本のバラエティ番組の仮装大賞で最初に披露されたもので、あのときの出場者はそのパテントでいまは億万長者となっている。

ルイ・ヴィトン(LVMH)の戦略的パートナーシップ

LVとしてはトランクと呼んでほしいみたい

ルイ・ヴィトンのPRを担当された17年間担当された藤原淳さんにラジオで聞いた話なのだが、いまハイブランドはスポーツの方向にトレンドが動いているらしい。たしかに近年のヴィトンはいままで手がけてこなかったようなスポーツタイプのシューズを手がけている。パリオリンピック2024の大会メダルは高級宝飾ブランドのショーメがデザインを手がけているし、トーチとメダルのケース(LVではトランクという言葉を使っている)はルイ・ヴィトンだし、ガガ様の衣装はクリスチャン・ディオールだし。企業体としてのLVMHは、しっかりスポンサーとしてオリンピックを支えながらも、押さえるところしっかり押さえている。非常に戦略的である。

トーチの外側はフランス製、中身は日本製

新富士バーナーで発火装置が作られる様子

肝心のトーチのデザインは、フランス人デザイナーのマチュー・ルアヌールが手がけた。いくつもの海をこえて届けられるのが聖火だし、水の都パリで開催されるオリンピックだし。意匠を進めるにあたっての大きなテーマは水そのものだった。トーチには波のような立体感や揺れ、水面のさざ波や光の反射をイメージしたデザインが施されている。と、ここまでは良かったのだが、この形に収まる(火を保ち続ける)発火装置がフランス国内では製造できないことがある時点で判明した。そこで技術的に頼ったのが、愛知県豊川市のメーカー新富士バーナーだった。本国フランスとしては苦肉の策だっただろうが、国内メーカーとしては次の国際的な展開へのヒントになる施策だったと思う。

現代の空間演出とは、すなわち時間と天候を計算すること

光の使い方が終始秀逸だった開会式

今回の開会式の芸術監督をつとめたトマ・ジョリー、いちばん秀逸だったのは時間設定だった。この季節のフランスの午後7時30分をスタートにすれば、暮れゆく太陽のグラデーションと夜の漆黒をくまなく利用することができる。セーヌ川の光の反射、手を振る選手団の表情、そしてやがてエッフェル塔へ集約されてゆくライティング。そして雨による光の乱反射。絵の具を使うように、時間を道具化したのだと思う。僕のつぎの宿題は、自ら定義した時空間コンピューティング。この開会式の記憶は大いに役立つだろう。

この開会式は、単体のオリンピックの開会を宣言したものではなかった。世界各国に点在するニュー・トリコロール・ネイションズは、この新鮮なインスピレーションを自らの国々へいったん持ち帰り、やがてまた時間と国境を越えてあなたの前に現れるだろう。


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