ネズミの尻尾

「ああ。今頃みんなは大みそか。忙しくしているんだろうな。」
「俺の地元はそろそろみんな寝る時間だな。」

 外で何やら話しているようだ。大みそか…というのは何だろう。まあいい。いずれにせよ私にはわからないことだ。
 少し前にこの灰色だらけの機械まみれの空間に乗せられた。その時から透明な壁の向こうで2つの人間が話しているのを聴くという光景がデフォルトである。私は壁伝いに食料や水をもらう。


 物心ついたころからずっと白い壁に囲まれた世界で過ごしてきた。だからこの機械まみれの空間は様々なことが起きて楽しい。あちこちでちかちか赤やら青やらの光が点滅するたび,2つの人間がすっ飛んできてしかめ面をする。かと思えば,手早く手を動かして光を止めたりしていた。
 普段は目元が下がり,大きく口を開けている人間たちだが機械に触るときは白い壁にいた頃の人間と同じ顔をしている。ただ私としては機械を触っていない時の方が見たことない顔をするのでそっちのほうが好きだ。大口を開ける人間も,目を見開く人間も,壁の中にいた頃は見たことがない。

 楽しいことは他にもある。普段は黒い壁から時折光が差し込んできたり,青く丸いものが見えたりするのだ。あの青いものは「地球」というらしい。人間の話を聞く限り以前はみんなあそこにいたそうだ。だが私は信じられない。自分のいた世界はあんなに鮮やかで見ていて飽きない色ではなかった。もし自分のいた世界があんな色だったら,自分の体の色と壁の色が同じ事に気づくのがもう少し早くてもよかったはずだ。
 なにより一番楽しいのは向こうにいた頃より体が軽く感じることだ。特に尻尾は時折何もしてないのに地面を離れていることがある。以前は尻尾が重くて動くときに苦労していたこともあったのでこの点は素晴らしいと感じている。

「そろそろ実験を始めるか?」
「そうだな。」
「実験」その単語を聴くときは少し身構えないといけない。いつもと違う餌をもらうからだ。白い壁の中で過ごしていたころ,普段と違う餌をもらっている同士は,だいたいそのあとどこかに運ばれた。そして二度と戻ってこなかった。

 自分が特別な餌をもらい始めたのはここに来てからだが,自分は今その「もう二度と戻れない」立場にいることは分かっていた。みんなあの後こんな景色を見ていたのだろうか。白だけでない,色とりどりの世界を。黒の中に点々とある,白く細かい光を。青く丸い物体を。その表面に浮かんでは消える橙色の光を。緑色の布を。
 一足先にこんな景色を見られた同士をうらやましく思う。


「まあ今日の任務はもう全部終わっているしな。」
「New yearを祝おうか。」
 おもむろに人間たちは飲み物を取り出し飲み始めた。それは見たことのない液体だった。黄色い中にしゅわしゅわと何かがはじける。
 

 もう少しでいい,この色のある世界を見てみたい。

(終わり 文字数1192文字)

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