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ショーウィンドウ

パンを焼くにおいがする。

この辺にパン屋さんはないはずなのに。腕に,まだ歩けない子供を抱きながら見まわしていると,ガラス越しにコックさんがせわしなく働いている店が見えた。

ああなるほど。合点がいった。このレストランは焼きたてのパンも食べられることで有名なお店だ。そしてショーウィンドウ越しでコックさんがパンを焼いている風景が見られるようになっている。思わず近づいて,ショーウィンドウを覗いてしまう。

いい匂いだ。バターが程よく焦げるにおいがする。においだけでおなかが減ってしまいそうだった。

ガラス越しに見えるのは無数のパン生地とパンを入れるケース。バターのにおいが目の前をたちまちオレンジ色に変えてしまった。それは鮮やかで,にぎやかで,ほっとする夕餉の色だった。

子供が起きた。まだ眠いのか,まなざしはとろんとしている。子どもの頭を撫でてみる。まだ生えきっていない髪の毛にふれると,高級な毛布を思い出した。子供もまた,目の前の大量の白い塊に興味津々のようだ。黒い板,コックさんの手から,目を離さない。

最後にパンを食べたのはいつだろう。最近は子供がちゃんと食べているか,すやすや寝ているか,危ないことしていないかばかり気にしていたな。

……いや。パンは食べているはずだ。

うろ覚えではない。根拠はある。ここ最近は子どものおかゆを作るのに必死で自分は米を炊いて食べていなかった。

麺類だったかもしれないが,ゆでる手間を考えるとパンを食べていたと考えるのが妥当だ。思い出してみると,家のあちこちにバッククロージャーが落ちているのはこのためである。子どもが間違って食べないように見つけたら速攻で捨てているが。

ほぼ毎日パンを食べていたのにバターのにおいもこの時嗅ぐまで忘れていた。食べていたパンの味も思い出せない。

ああ,自分は疲れていたんだな。そう思う。子供に食べさせるので頭がいっぱいだった。自分が楽しむより子どもが食べることが優先になる。親とはそういう生き物なのだろう。それでも食べ物の味が頭から飛んでいくって相当だ。

ただ,ここでバターのにおいをかがなければ,自分は食べることの楽しさを忘れたままこの子に食べさせていただろう。窯やコックさんの手つきを見て目をキラキラさせている子どもを見ることもできなかっただろう。

そうこうしているうちにパンが焼きあがったようだ。きつね色のパンたちが目の前にズラリ。子どもは歓声を挙げていて,落っことさないようにするので精いっぱいだった。

今日はパンを買って帰ろう。バターたっぷりの。うん,それがいい。

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See May Jack
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