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「魅力ある青空の下の屋外スポーツ」を守るために必要な気候変動対策
今年の甲子園球場での夏の全国高校野球が始まる直前に、高野連が来年以降の開催を朝・夕の二部制にすることを検討しているとの報道を知っている人は多いだろう。この二部制の流れは、実は学童野球ですでに今年から採用された。例年8月に神宮球場など(※下記注)で開催される、全日本軟式野球連盟など主催が主催する全日本学童軟式野球大会だ。同大会では、午前8時半~正午と午後4時~7時半をめどに、二部制での開催がなされたという。
この記事は以下に載っている。
小学生のプレー環境の維持に焦点を当て、現状の暑さに対応するという前提だけを考えれば、暑い日中を避ける選択肢、この前提となる試合時間の短縮は合理的だと思う。試合時間の問題は、暑さ云々に関わりなく、特に投手にとっては中学生、高校生・・とさらに続く今後の選手生命を考えてもいい判断だろう。それでもなお、実際に実行されると、出場する選手の活動機会が狭められる感は否めない。またこの記事では、17:55時点の気温が33.2℃、暑さ指数(WBGT)が28.1℃だったという記録もあった。試合時間の変更で対応しても、暑さからは逃れられないというわけだ。
根本的な解決には、「時間変更すれば大丈夫」では済まないだろう。「時間変更がだめならドーム開催や春秋開催でいい」という人もいるかもしれないが、使用料の問題、空調コストの増加や環境負荷、授業期間との兼ね合いなど、これも様々な弊害がある。本来理想的なのは、「雲は沸き光あふれて…」の歌にあるような、「青空の下の野球・スポーツ」の姿だろう。「暑くなるのはしょうがない」「力が及ばない」とあきらめるのではなく、「気候変動、地球温暖化をどう防ぐか」そこまで考えた総合的対策が必要になるはずだ。また、率直に、時間変更をせざるを得ないという選択肢には、必要性はわかるけど寂しさもある。
その例を示そう。
1.MLBシカゴ・カブスの本拠地、リグレー・フィールド
1914年開場のこの球場は、MLB使用球場の中ではフェンウェイ・パークに次いで2番目に古い。独特のツタに覆われたフェンスなど古き良き伝統を保ちながら、現代のニーズに応じたリノベーションを重ねて現在に至る。
実はこの球場では伝統的にデーゲームが多い。他の球場ではナイトゲームになるような金曜日の試合も、ほとんどがデーゲームになる。実は、ここでは1988年まで照明設備は設置されず、すべての試合がデーゲームで開催されていた。その理由は、かつて球団オーナーを務めていたフィリップ・K・リグレー氏が、「野球は太陽の下でやるものだ」というコンセプトを持ち、これがファンの共感を得たからだ。ほかには同球場が住宅地にあったことから、長年シカゴ市が「リグレー・フィールド夜間試合禁止条例」を制定していたこともある。1981年にトリビューン・カンパニーがカブスを買収した後、夏の日中の暑さを理由に照明設備設置が検討されたが、反対者も多く賛否が分かれる事態となった。
このリグレー・フィールドの例は、日中の青空の下での試合に価値を感じ共感するファンが根強かったことを示している。
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※現在はリニューアルしてこの写真と雰囲気は変わっている。
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※現在はリニューアルしてこの写真と雰囲気は変わっている。
2.ドーム球場よりも屋外球場の方が好まれる現実
週刊ベースボールのONLINEサイトで、NPB12球団の人気投票が行われた。その結果は以下に載っている。
順位をまとめると以下の通り。◎は屋外球場、●は半開放型のドーム球場、○は密閉型ないしは開閉式のドーム球場だ。
1位 ◎横浜スタジアム 得票数:454
2位 ◎明治神宮野球場 得票数:166
3位 ◎阪神甲子園球場 得票数:142
4位 ●ベルーナドーム 得票数:107
5位 ◎MAZDA Zoom-Zoom スタジアム 広島 得票数:90
6位 ◎ZOZOマリンスタジアム 得票数:85
7位 ○東京ドーム 得票数:54
8位 ◎楽天生命パーク宮城 得票数:44
9位 ○福岡PayPayドーム 得票数:41
10位 ○京セラドーム大阪 得票数:31
11位 ○バンテリンドーム ナゴヤ 得票数:27
12位 ○札幌ドーム 得票数:11
明らかに屋外球場が上位にランクインしており、1~3位を独占している。上記リンクの中から、屋外型球場を推すファンの声をまとめると、「開放感」「青空」「風の心地よさ」が目立つ。そう、ファンの大多数が求めるものは、密閉された空調空間ではなく、開放感のある空間なのだ。言い換えれば、青空の下のスタジアムだ。ネット上で近年散見される「夏の高校野球をドーム球場開催に」という意見は、ファンの嗜好やファン目線に立てば、適切なソリューションとはいえない。
3.屋外が好まれるのは野球だけでなく、ラグビーも
屋外の開放的な空間を求めるのは、野球ファンに限らない。他のフィールド型スポーツもそうだろう。ラグビーもその1つだ。最近では、秩父宮ラグビー場が密閉型の人工芝のスタジアムとして建て替えられるとの発表に対し、批判の声が多く上がったのは記憶に新しい。
批判的に書いている記事として、以下のものが挙げられる。
新秩父宮ラグビー場の収容人員は、現在の24,800人から15,547人と4割近くも減少する。その代わりイベント時には2万人強に増加する。地面に太陽光が入らないので、維持管理の観点から芝生は人工芝にならざるを得ない。原則として雨天中止のないスポーツであるラグビーファンには、雨の中や雪の中の観戦もスポーツの魅力として受け入れる層が多い。こうした層にとっては、自然との共生に反する屋根こそが邪魔者に映るのだろう。青空の下の開放的な風のある空間を好むのは、野球ファンであろうとラグビーファンであろうとフィールドスポーツに共通のはずだ。
秩父宮ラグビー場の建て替えは、明治神宮外苑再開発の一環として、神宮球場の建て替えなどと一体に行われるが、数多くの樹木の伐採、市民スポーツ空間の減少を理由に反対の声が強い。ロッシェル・カップ氏が主導して行っている神宮外苑再開発の見直しを超える署名は、105,000をすでに超えている(2022.9.13現在)。秩父宮ラグビー場、神宮球場の開放感ある雰囲気を支える舞台装置としても、樹木は役に立っていたはずだ。これはスポーツだけでなく市民生活を支えるインフラにもなっている。この大量の伐採は気候変動対策にも反すると言わざるを得ない。
以下、ロッシェル・カップ氏による神宮外苑再開発見直しを求める署名活動サイト。
4.暑さから守るべき対象:試合より練習の方が幅広い
夏の暑さ対策と言えば、どうしても試合での対策が発想されがちである。そのメルクマークにあっているのが夏の全国高校野球だろう。しかし、どんなスポーツであっても、強くなりたい、勝ちたいと願うなら、試合時間より多くの練習時間が必要となる。この練習期間として、夏は実は大切な期間だ。センバツ出場を目指し秋季大会に向け鍛錬する1~2年生の高校球児、秋以降のシーズンに向け準備するラグビー選手、アメフト選手、長距離ランナー…甲子園に出てくる高校球児よりもずっとずっと数は多い。ラグビーの合宿が多い長野県菅平など、この期間合宿を張るチームも多い。こうした選手にとって、「夏は暑いから鍛錬をやめましょう」なんてとても言えない。夏の調整不足、練習不足は勝敗のみならず故障にもつながるからだ。こうした選手にすべてドーム施設を用意するのはまず不可能である。やはり屋外の青空のもとでやることが必要になってくるのだ。
まとめ:「青空の下の屋外スポーツを守る」視点から必要な気候変動対策
ここまで挙げたように、特にフィールドスポーツでは、選手のプレー環境、ファンのニーズの両面で、屋外の青空のもとでの実施はやはり欠かせない。そして、夏場を完全に避けることも現実的には難しいのだ。
こうした選手の環境を守るためには、「気候変動をどう防ぐか」「気候変動をどう緩和するか」に踏み込んで考える必要がある。後者は最初の学童野球のように時間をずらすのも1つの策だが、限界がある。一番行動を制約しない対策が、水分補給の内容を科学的にマネジメントしていくことと思う。
しかし、「気候変動をどう防ぐか」の対策も両輪としてないと将来のスポーツ環境は守れない。「産業革命前からの気温上昇+1.5℃」というパリ協定の目標達成に向け、スポーツから何ができるのかも真剣に考えないといけない。
(注)
正式名称は「高円宮賜杯全日本学童軟式野球大会 マクドナルド・トーナメント」。例年神宮球場を中心に東京都で開催されるが、2021年は新潟県で開催された。2020年も新潟県開催の予定だったが、新型コロナウイルス流行のため中止になった。