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冷房・電気料金をケチると必要な水分補給はどう変わる?
多くの方にとってこの夏の懸念事は、「電気」「電力料金」だろう。もう既報のとおり、ロシアのウクライナ侵攻の影響で資源価格が高騰、既に電力料金が高騰している。総務省「小売物価統計調査」によれば、2022年4月の全国での電気代1か月値段の平均は14,613円で、前年同月から19.9%上昇している。(詳細は下記参照)
それだけでなく、資源調達がままならなくなり、この夏の電力需給のひっ迫が既に懸念されている。日本政府は、6月7日、企業や家庭に対しこの夏の節電を要請した。
『政府、夏の節電を要請 「12年度以降で最も厳しい」』
その節電のターゲットの1つが冷房である。温度の目安として「28℃」というキーワードが出てから久しいが、この夏もこの数字が強調され、部屋を冷やし過ぎないことが求められるようになろう。まして今年は電気料金も高騰していることから、冷房使用をできるだけ抑制しようという動きが広がると予想される。
その結果どうなるか…室温が高くなれば発汗も増え、熱中症発生のリスクが高まる。熱中症防止に有効な手段の一つとされるのが水分補給である。電力が使いにくくなる中で、今年はこの水分補給の重要性が増すだろう。
そこでもう1つ出てくるだろう以下の疑問が今回のテーマだ。
「電力使用量や電気料金を減らすために冷房を弱めると必要な水分補給はどれくらい増えるのか」
こういう言い方もあるかもしれない。
「水分補給を増やして冷房や電気料金をケチる手はありなのか?」
(1)必要な水分量は暑さ指数と消費カロリーに相関
暑くなれば、運動量が増えれば汗の量が増えるはずと誰もが感覚的に考えるだろう。データからも実際そのとおりになっている。理論的には、WBGT(暑さ指数)と消費エネルギー(いわゆるカロリー)が発汗量との相関が高く、その発汗量が必要な水分補給量にあたるとされている。WBGTは温度・湿度のほか風速・日照との相関があり(※1)、消費エネルギーはメッツ(運動強度の指標)・体重・運動時間から導き出される(※2)。
米軍兵士の現場での活動を念頭に置き、WBGT、1日あたり消費エネルギーと必要な水分補給量の関係を研究調査した例として以下のグラフがある。グラフの縦軸は「ℓ」ではなく「qt」となっている(1qt=0.946ℓ)。
![](https://assets.st-note.com/img/1654669105725-f2ISfYjQxR.png?width=1200)
(出典: Scott J. Montain, PhD, and Matthew Ely, MS “Water Requirements andSoldier”, Borden Institute, P21)
湿度50%、風速1m/s、曇り空という条件を固定した以下のモデルでは、必要な水分補給量は温度と消費エネルギーと相関する。なお、このモデルは、米軍による水分補給量の推定に用いられているようだ。
![](https://assets.st-note.com/img/1654669129654-VeOH28lUfa.png?width=1200)
-湿度50%、風速1m/s、曇り空という条件でのモデル
(出典: “Dietary Reference Intakes for Water, Potassium, Sodium,Chloride, and Sulfate”, 2005, P488)
(※1)
・WBGTとは
人間の熱バランスに影響の大きい気温、湿度、輻射熱の3指標取り入れた温度の指標である。
(屋外)
WBGT(℃) =0.7 × 湿球温度 + 0.2 × 黒球温度 + 0.1 × 乾球温度
(屋内)
WBGT(℃) =0.7 × 湿球温度 + 0.3 × 黒球温度
それぞれの効果は以下の通り。
乾球温度:気温の効果 湿球温度:湿度の効果 黒球温度:輻射熱の効果
温度・湿度・風速・日照から簡易的に求める方法のほか、屋内では温度・湿度の一覧表から簡易的に求める方法もある。
![](https://assets.st-note.com/img/1654669220132-emFYXWvQJ4.png?width=1200)
(日本生気象学会『「WBGT と気温,湿度との関係」の訂正について』(2021.3.5))
なお、上記表はその後「日常生活における熱中症予防指針」Ver.3.1で訂正されたが、これは「室内でも日射や輻射体がある場合は適用できない」と要件がより限定的になった。実際に日照が入りえる室内での実務的な使用では、この訂正版より上記表を用いた方が妥当と考えられる。
(※2)
・METs(メッツ)とは
安静に座っている状態を1METとして、様々な活動がその何倍のエネルギーを消費するか示した活動強度の指標。消費エネルギーとの相関は以下の通り。下記以外にも複数の考え方がある。
METs × 実施時間(時間)× 体重(㎏)× 1.05 =消費エネルギー(kcal)
(2)冷房を弱めると水分補給量の変化は
冷房を弱めた場合の水分補給量の変化につき、(1)で示した参考文献記載内容からの推定により概算してみる。
条件は以下の通り。
・オフィス環境を想定
・同じ部屋に体重70㎏の人が8時間、強度にして2METs程度の労働をする。
なお、2METsの労働は、以下の内容に当たる(※3)。
「仕立て作業:機織り、楽な労力(例:仕上げ、洗濯、染色、検針、長さを測る、書類業務)」
・環境に関しては以下の3ケースを設定した。
A)室温25℃、湿度55%
B)室温28℃、湿度55%
C)室温30℃、湿度55%
A)は強めに冷房を入れた例、B)は省エネの観点から現在推奨されている水準を示した。今年の状況では、少々暑くても経済的に冷房を我慢するケースが出てくる可能性がある。これを示したのがC)である。なお、湿度に関しては、労働安全衛生法に基づく衛生基準で示されている湿度の基準(40~70%)の中間値である55%に仮定した。
前掲の温度、湿度、WBGTの一覧表からは、各ケースのWBGTは以下に推定される。
A)室温25℃、湿度55%→WBGT22℃
B)室温28℃、湿度55%→WBGT25℃
C)室温30℃、湿度55%→WBGT27℃
この例の場合、温度が1℃上がればWBGTも1℃上がるという感じで、温度とほぼ平行してWBGTが推移することになる。
(1)で示した参考文献のデータからの推定により、ペルソナとした体重70㎏の人が8時間で必要とする水分補給量は以下の通り。
A)室温25℃、湿度55%→WBGT22℃:約2.3ℓ
B)室温28℃、湿度55%→WBGT25℃:約2.7ℓ
C)室温30℃、湿度55%→WBGT27℃:約3.0ℓ
A)とB)の差は約400ml、B)とC)の差は約300mlとなり、気温が1℃上がれば必要な水分の量は約5.5%増える結果となった。この夏の状況に応じて冷房を我慢すれば、オフィスで必要な水分の量の増加は1人あたり約400~500mlとペットボトル1本分になる可能性があり、特に今まで冷房が強めだったところではそれを上回る増加になりえる。10人いるとなると1日当たりのオフィスでの水需要は4ℓ~5ℓ増加しえる。
さらに、平均の労働強度が3METsになると、必要な水分補給量は以下に推定され、1人1日あたり水分補給量の増加はペットボトル1本にとどまらない可能性がある。
A)約3.5ℓ B)約4.1ℓ C)約4.5ℓ
なお、3METsの場合の労働内容は以下の通り。
立位作業:楽からほどほどの労力(例:重い部品の組立や修理、溶接、部品の仕入れ、自動車修理、梱包、看護)
(※3)
・数値内容の根拠は以下の通り。
(独)国立健康・栄養研究所 改訂版『身体活動のメッツ(METs)表』 2012.4.11改訂
(3)冷房を弱めた場合の電気料金の変化
具体的な電気料金は冷房機器の内容や部屋の内容の前提を定める必要があり、正確な数字を出すのは困難だ。ただし、以下のサイトからは、「環境省によれば、冷房温度を1℃上げると13%の節電になる」旨のことが書かれている。
これをそのまま単純計算すると、2℃上げると24%、3℃上げると34%、5℃上げると50%の節電ということになる。そして、この減少幅は、温度ないしはWBGTを1℃上げた場合の水分補給量の増加幅よりも大きい。
(4)まとめ
率だけみると、「冷房を我慢する水分補給量を増やす」対策が一見有効に映る。昨今の電気料金高騰下ではなおさらだ。しかし、詳細は具体的なケースを設定しないとわからない。また、水分補給に使う水の内容とコスト、ペットボトルを増やした場合の環境への負荷の増大、水不足が起こった場合など、水分補給量の増加にも課題はある。30℃になるとスポーツドリンクの必要性も考えられるが、今度は糖分の過多による歯や血糖への影響も注視しないといけない。
いずれにしても、この夏は、地球環境保全の観点からも電力・エネルギー使用の制約を受け入れる覚悟が求められ、その過程で天候や活動内容に基づく科学的な水分補給の予測、マネジメントの重要性を思い知らされるだろう。そして、これが、今後の気候危機、気候変動から活動機会を守る基本的な第一歩となるはずだ。
さらにひとつ「プラネタリーヘルス」のキーワードが挙げられる。プラネタリーヘルスとは、『地球環境に多大な影響を及ぼしている人間の政治経済、社会システムに向き合い、人と地球環境の密接な関係に注目することで、人間と地球の健康のバランスが取れた公平な社会を目指すこと。』(※5)とされている。地球の健康と人間の健康は切り離されたものではなく、一体のもの、相互依存のものである。この夏の電力危機から、地球環境保全と一体になった健康の守り方を考えることは、このプラネタリーヘルスの観点から見ても重要になるだろう。私は、その重要なキーの1つは水であり、気候と連動したそのマネジメントが欠かせないと考える。
(※5)
以下のIDEAS FOR GOODサイトより引用。
(5)追記:冷房温度28℃の根拠は?
身体、天候から分析した科学的根拠は、率直に書くと「ない」。根拠となっているのは、事務所衛生基準規則で規定する室温の範囲である「17℃~28℃」のうちの最も高い数値が「28℃」となっているからのようである。
同規則からの引用を以下に示す。
第五条3 事業者は、空気調和設備を設けている場合は、室の気温が十七度以上二十八度以下及び相対湿度が四十パーセント以上七十パーセント以下になるように努めなければならない。
施行日:令和三年十二月一日(令和三年厚生労働省令第百八十八号による改正)
なお、「28℃」は、「エアコンの設定温度」ではなく「室温」のことを差し、「28℃にしたからこれでいい」ということでも、「設定温度28℃を動かしてはいけない」ということでおないようだ。
(参考)