ジェンダー・ギャップ指数のしくみと世界の状況-「日本125位」の背景
2023年6月21日に世界経済フォーラムが発表した「ジェンダー・ギャップ指数2023」において、日本は国別ランキングで146か国中125位と過去最低の結果になったことが報じられている。
その一方で、以下の内閣府男女共同参画局の公表資料では「世界トップクラス」としているように、教育と健康の指標はほぼ完全平等に近い状態にある。
そこで、こういう発想も出て来るかもしれない。
「日本は、なぜ教育と健康ではほぼ完全平等に近いのに、全体のランクは世界125位と低いのか」
これは、上記内閣府資料の緑線にヒントがある。言い換えれば、グローバル全体で見た達成状況が、4つの指標で異なっていることが原因だ。具体的には、以下のようになる。
・日本の達成度が高い教育や健康は、世界の大部分の国も高い達成度にあるため、国際比較では差がでない。
・日本の達成度が低い経済に関しては、世界の達成状況は遅れている。さらに日本は世界の平均を下回る。
・日本の達成度が著しく低い政治に関しては、世界の達成状況も著しく遅れている。さらに日本は世界の平均を大きく下回る。
・結果として、政治や経済で世界平均から大きく差がつき、日本の順位が低位になっている。
この種の疑問は、日本語になっている日本の報道だけではわかりにくい部分が大きい。原典となる以下のレポートを参照して初めて私もなるほどと分かった。なお、このレポートは、オンライン上でもPDFで公開されている。
WORLD ECONOMIC FORUM “Global Gender Gap Report 2023 INSIGHT REPORT JUNE 2023”
ジェンダー・ギャップ指数の決め方
以下の小項目の指標を経済参画(Economic Participation and Opportunity)、教育(Educational Attainment)、健康(Health and Survival)、政治参画(Political Empowerment)の4分野に整理する。4分野ごとに完全平等を1、完全不平等を0とした0~1の指数をつける。最終的には、この4分野の指数の単純平均でジェンダー・ギャップ指数が決まる。
各分野における小項目は以下の通り。各小項目も原則として0~1の指標だが、「健康寿命の男女比」は、女性の方が長い場合は1を上回ることもある。4分野の指標は該当する小項目の単純平均ではなく、小項目別に重みづけをされて計算される。
4分野の世界での達成状況
教育、健康の2分野は指数の平均が0.95を上回りばらつきも小さいのに対し、経済参画の平均は0.601、政治参画の平均は0.221と他の2分野に比べて低く、ばらつきも大きい。その結果、全体の指数の平均は0.684にとどまっている。
ランキングの観点で見た場合、教育・健康の2分野の順位が高くても他の大多数の国が高い水準なので他の国との差はつきにくい。一方、経済参画・政治参画で高い指数が得られれば、当該指標の順位が上がるだけでなく、全体の指数を大きく引き上げる結果になる。より簡単に言えば、現在の世界の4分野の達成状況に鑑みれば、経済参画・政治参画の分野の達成度が全体の指数やランキングを「ほぼ決める」といっていい。なお、これら2指数で大きく後れを取ればランキングも大きく下がることになるが、こういう国は少ない。教育の指数が0.9を下回る国は146か国中18か国しかなく、健康の指数は最低のアゼルバイジャンでも0.936ある。
なお、世界の指数の推移は以下のとおりである。健康に関してはすでに2006年時点で1に近い状態にあるほか、他の指標もここ15年では一定の伸びを見せている。ただし、経済参画ではここ10年あまり、政治参画ではここ約5年間で伸び悩みの傾向を見せている。
日本の状況
原報告書では以下のようになっている。
順位と指数を改めて書くと以下の通り。世界平均が低い経済参画、政治参画で指数が世界平均を下回り、順位も3桁になっている。特に政治参画に関しては世界平均との差が大きい。結果、全体の平均を引き下げている。一方、順位の割には世界平均との指数の差は、私のイメージより小さいようにも感じられる。
・全体 :0.647(125位) 世界平均(0.684)から△0.037
・経済参画:0.561(123位) 世界平均(0.601)から△0.040
・教育 :0.997(47位) 世界平均(0.952)から+0.045
・健康 :0.973(59位) 世界平均(0.960)から+0.013
・政治参画:0.057(138位) 世界平均(0.221)から△0.164
主要国との指数比較
世界1位のアイスランド、人口10億人超のアジアの主要2か国との間で、全体、分野別の指数につき日本との比較を行った。
上記3か国のいずれに対しても、4分野のうち日本が順位の上の分野が2つ存在する。しかし、全体では、世界1位のアイスランド、日本より若干上の中国、日本を下回るインドに分かれてしまう。アイスランドは政治参画の指数の高さが世界1位に直結し、中国は教育、健康が低位な一方で経済参画、政治参画の分野で上回るために日本より高位になり、インドは経済参画の分野で日本を大きく下回ったために全体順位も日本より下になったことがうかがえる。
まとめ
日本のジェンダー・ギャップ指数が世界125位に伸び悩んでいるのは、指数の高い教育、健康は多くの国ですでに高い水準にある一方、世界平均が低くばらつきの大きい経済参画、政治参画の分野で指数が世界平均を下回っていることが影響している。さらに、全体のジェンダー・ギャップ指数は順位点のようなものではなく4分野の指数の単純平均で出されることも影響している。
これが物語るものは何か?私なりに以下に考える。
1)教育、健康分野の世界のジェンダー平等の進歩
この結果を見た時「ファクトフルネス」の本を思い出した。同書がうたっているのでは、「発展途上国は遅れている」「世界の状況は多くの面でさらに悪化している」という思い込みを捨ててデータをもとに客観的に世界を見ることの重要性で、多くの人のイメージ以上に世界は過去に比べて大きく進歩していることだったと思う。この2分野に関してはまさに「ファクトフルネス」のような世界の状況にあるのだ。一方で、政治参画のように大きく遅れている分野も存在する。世界経済フォーラムの指標の対象はあくまで146か国で、それに含まれない国では、教育、健康分野でも大きくジェンダー平等が大きく遅れた国があすことは否定できない。
2)「まずできるところ、手が付けやすいところから」の落とし穴
日本に関しては、「教育、健康が高く経済参画、政治参画が低い」世界の傾向をさらに極端化したものになった。なぜだろうか?例えば地球環境問題や気候危機対策のように、「まずできるところから」という言い方が「難しいところは先送りする」ことにすり替わるマインドがあるような気がしてならない。これがさらに「どうせできない」につながると危険である。世界の指数が低い分野は、実現の難しさがその理由であろう。経済参画・政治参画を引き上げるのは、将来像を作り上げてこれに向けたロードマップを作るバックキャスティングの考えが必要ではないか。これはSDGsの達成でもよく言われることである。
3)政治への低関心も反映
政治参画の指数が低い要因として、ジェンダーとは別に、日本人の政治への低関心もあすように思える。もし関心が高ければ、女性の政治参画を進めようという動きも自然と高まるはずだ。
一方で、世界経済フォーラムがなぜ政治参画を4分野の1つにしたのか?政治参画の分野がなければ日本の順位は上がるのに?と思う人もいるかもしれない。「政治参画がそれだけ重要な分野だから」答えはそれに尽きるだろう。
国別比較になるとどうしても報道も順位の上下に一喜一憂しがちになるが、重要なのは各国がマウントを取り合うことではない。世界の指数が「1」になることに向けて前進していくことのはずだ。