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#65 八段審査を一日見学した感想

※はじめにおことわりです

●私はまだ八段の受審資格を有していません。
●仮に今受審しても一次審査でc判定をもらう程度の力量しかありません。
●ではどうすれば合格できるか??
わかりません。稽古あるのみだと思いますので、審査そのものについては語れる立場にありません。
でも直接会った方とはいろいろ議論はしてみたいです。

一次審査までは見学したことがありましたが、二次審査まで全て見学したのは初めてでした。

<審査の流れ>

以前と違って現在は1〜8会場全て年齢の高い順に傾斜で組まれます。現在、六段以上はすべてこの形式になっています。
つまり「101」も「801」も最年長クラスの受審者。番号が進んで「151」も「851」も最年少クラスということです。この流れは一次、二次とも同じです。
見学の立場としては自分の受審年齢が集まる会場だけ集中して見ていればよかったのですが、それが叶わなくなりました。とは言っても見学のための審査ではないですからね。

以下、偏見などあると思いますので、たんなる読み物として解釈してください。ご理解のほどお願いします。

高齢の受審者であるほど…

●基本が崩れがち。個性とは違う。
●着装が乱れがち。個性とは違う。
●無駄打ちが多い。相手が振り返った途端とか、近間の状態で力いっぱい技を出しに行きがち。
●手数の多少は世代にあまり関係ない。若くても手数が少ない人は少ない。合否にも関係ない。

◎念押ししたいのは、「無駄打ちが多いことと手数が多いことは全く意味合いが違う」ということです。

上述のことを逆説的に捉えたら合格に近づくかも…しれません。

<余談。これは合否云々ではなくあくまでも余談です>

⚫︎余談その1
年齢層が下がるほど面布団が短くなり、ミシン刺の剣道具が増える。若年層は「これが理想(とは言い切れない)の面の型と服装」みたいな情報を視覚で得ているので、立ち姿が画一化されがち。シュッとしているが、見ようによっては安っぽく見える。でも合否にはさほど関係ないと思われる。

⚫︎余談その2 
必然性のない返し胴が多い。ポイント稼ぎにも見える…相手を引き出して打ち、そのまま次に繋がるような返し胴はほとんど見られない。打ったあとは糸が切れた凧のごとく打ちっぱなしになり、このままどこかに行ってしまうんじゃないだろうか?というようなケースが大半。超個人的見解になるが、そこでなんだかガッカリしてしまう。

⚫︎余談その3
やっぱり胴の色は関係ない。ほかにもあれこれ関係ない。そんなところに「肝」はない。

⚫︎余談その4
「昇段審査の都市伝説」は八段審査でも同じ気がする。

⚫︎余談その5 
観客席にセンセイが多い。

◎あの技がいい。これがよくない。ではなく、受かる人は一挙手一投足が「合格者」。

合格する人についてあまり偉そうに言いたくないと思いつつ、ちょっとだけ書きます。
●合格する人の剣道は気迫を感じる。その気迫は空回りせず、あらゆることに調和が取れている。
●剣道にクセがない。※個性とは違う

<最後に>

最近、体格的に恵まれた人がパワー剣道をしないと八段は受からないという見解を見聞きするし、私もそう感じているフシがありました。そんななか、比較的小柄でパワーに頼っておらず、理に適った剣道をしている受審者が合格しているのが強く印象に残りました。あの剣道ならできそうな気がする、とふと感じてしまう瞬間があります。
だから挑戦はやめられなくなるのかもしれません。

今回のあとがき

「八段は神の領域」という表現がよくされるが、個人的にはそのニュアンスはあまり好みません。
八段の先生も同じ人間です。その人なりの最大限の「力」を持って険しい山を登り詰めた人が八段になられるのだと思いました。
個人的な結論としては、剣道への向き合い方を変えない限り、合格はあり得ない、というところです。

以上です。
異論反論歓迎いたします。

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