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#11 一道は万藝に通ず。 140人の手元に渡ったオリジナル竹刀袋を作った話 vol.2
「ひとつのことを極めるとその道理は、あらゆることを熟達する力につながる」という意味を持つ「一道万芸」の四文字。
これまたアマチュアでしかないのですが、私自身が毛筆で文字を書くのが好きでして、揮毫は自分ですることにしていました。
プロに頼めばいいのかもしれませんが、個性でありデザインだということでメンバーの皆さんには我慢してもらおう、ということで…
■あえて旧字体で書いてみようと考えてみた
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メンバーの皆さんには我慢してもらうとしても、適当にはできません。
デザイン性なども考え、とりあえず単に一道万芸と常用漢字で書くよりも、旧字体で書いたらさらに個性がでるのではないかと思いました。
旧字体で書くとなると「一道萬藝」となります。
それでいろいろ調べてみたのですが、なぜか一道万芸の漢字は旧字体を使っているものがありません。
では、一文字ずつ調べてみるか…ということで改めて調べるとこれまた勉強になりました。
万の旧字は「萬」という字です。
これは漢数字で改ざんなどを防ぐために用いられる大字(だいじ)としても知られています。
一万円のことを「壱萬円」なんていうのを見たことがある人は多いと思います。
そして、芸の旧字が「藝」。
旧字を用いて「一道萬藝」とするのは雰囲気が重たく、意味も伝わりにくいことから、「一道万芸」としたほうがスッキリしそうだなと思いました。
しかしふと気になって更に調べなおしたところ、これらの漢字は、単なる新旧ではないということがわかりました。
■「万と萬」は意味が違った
万という字も古くから存在し、「萬」と同じ用途で用いられていたものの、異なる意味合いがあることがわかりました。
「萬」と音が同じ故に略字として用いられ、新旧の関係がうたわれた「万」には、卍の略字とか、浮き草の象形などの諸説があるということ。
一本、「萬」は、サソリの象形だそうです。
「万」も「萬」もどちらもたくさんの数を表しますが、「万」のほうが数を表す以外に「すべて」「あらゆるもの」「ゆるぎないもの」という意味合いが強いようです。
そういわれてみれば「萬感の思い」「一事が萬事」なんて確かに書きません。
■真逆の意味だった「芸」と「藝」
次に「芸」の字。これは「藝」の新しい字として定着していますが、調べてみると、もともとは全く逆の意味合いのようです。
「藝」は「種(う)える」「植える」の意味で、「人間が精神的に、内面のに成長を遂げる過程において価値体験を種えつける技」を意味である
一方の「芸」は、もともと、農業用語だそうで「草を刈り取る」という意味であり、音読みでは「うん」と読むのだそうです。
■常用化が意味合い自体を変えてしまった
戦後日本人の識字率を高めるために、難しい「漢字」を簡素化すべく略字体などが用いられ、常用化されていきます(かなり端折って書いています)。
圓⇒円、嶽⇒岳、廣⇒広などの新字体が用いられるなか、たんに「音が同じだから」という意味で違う意味合いの字があてられるようになった字や熟語もありました。
そこで「藝」の字も、音が同じ、形も似ているからという理由で、逆の意味を持つ「芸」という字があてられてしまったようです。
現在は、当たり前のように常用漢字である「芸」が用いられ、常態化していますので、特にこだわる必要がないのかもしれません。
そうは言っても、形に残すものであれば…しかも自分以外の手にわたるものなのであれば、極力本意が伝わる言葉として残したいものです。
ということで、一道はそのままとすることで改めて決定。
続いて「全て、ゆるぎない」という意味合いの強い「万」の字を。
刈り取るという意味のある「芸」ではなく、植える、成長過程で勝ち体験を身に着ける「藝」の字を採用しました。
実は、この四文字のなかで私が最も苦手なのは「芸」という字でした。
なので、ちょうどよかった。。。とも言えます(笑)
「芸」「雲」など、最下段にある「ム」という字がどうも苦手です。
バランスがとりにくいので…
■文字にも得手不得手があります…
もしかすると、よく文字を書く人にはわかってもらえるかもしれません。
画数が多い方が字を書くのは簡単です。
なぜなら、画数が多い方がバランスがとりやすいからです。
あとは私個人的には「|(たてぼう)」のない文字は苦手です。
これも軸がどこにあるかがわからないため、バランスがとりにくいのです。
「万」という字もやはり上記の理由から難しく、何度書いても納得がいかないと困っていたところ、倶楽部メンバーの方から「こうやって書くとうまくバランスが取れるよ」とアドバイスをいただき、なんとか形にできました。感謝。
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■さて販売。
竹刀袋は、私自身は製作することも販売することもできないので、絵布乃工房さんにお願いしました。
生地のサンプルにはじまり底の部分の牛革、刺繍糸の提供、デザイン実例の紹介など、絵布乃さんにおまかせ。
私は職業柄、収入を得ることができませんが、やはり制作に携わったものとしては一本でも多く売れてほしいものです。
そうはいっても20本、売れて30本言ったらいいなーと思っていたのですが…
実際に販売すると瞬く間にオーダーが入っていきました。
30本、40本くらいまでは「おーなかなかいい数字」くらいに感じていたのが、まだまだ収まる様子はなく…結果的に100を超え、最終的には140本。
大手メーカーが全国の剣道愛好家を相手に大量に販売することは当然としても、生地胴倶楽部は、竹刀袋を販売し始めたころは700人くらいの登録者数。そのなかで140人がこの竹刀袋を購入したというのは…なかなかの数ではないかと思います。
絵布乃工房さんは仕事を一切妥協しません。
見栄えはもちろん、頑丈で使い勝手良く、見えないところまでしっかり仕上げられた、見事な竹刀袋を完成させてくださいました。
■そして願いが叶いました
生地胴倶楽部では、これまでに6回の稽古会を行ってきました。
コロナ禍に入り、一度は完全に止まった剣道の活動も徐々に緩和されつつあった2022年8月の生地胴倶楽部第6回稽古会では、この竹刀袋が大集合しました。
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このほか、京都大会や六段以上の昇段審査など、全国から剣道愛好家が参集する場において、竹刀袋を持っている初対面同士が声をかけあうきっかけにもなりました。
八段審査でも、一次審査まではこの竹刀袋を持って進まれたという報告もいただいています。
その方は、二次審査まで完全に合格したら、竹刀袋と一緒に写真に納まるから待っててねと言ってくださっています。
楽しみです。
そしていつか私もこの竹刀袋で最高峰の審査に挑戦し、コマを進めてみたいと思っているところです。
※おことわり
本稿にある漢字の意味には諸説あります